辰美と稲荷神社の神使 5
次の日。
「じゃ〜〜~ん!エキスパートをお呼びしました!この人は緑さんと言って、町で骨董屋を営む物知りさんなんだ!」
辰美が現れるや社からやってきた狐たちへ、なるべく明るめに緑を紹介してみる。あろうことか緑は雨合羽を着込み大荷物。何を企んでいるのだろうか。
「小林 緑と申します。生まれは他県ですが育ちは越久夜町でして、現在はイヅナ使いをしています。」
「親類の憑き物筋の者か。はじめまして緑さん、わたくしらは稲荷神社の神使をしている狛狐です。」
おじいさん狐が一礼する。
「神使に会えるなんて私も驚いています。町を守ってくださり感謝しております。」
「なんていい子なんだい?」おばあさん狐が嬉しそうにする。
「私たちでこの稲荷神社を守りたいんだ。緑さん、まずどうやって霊力を高めればいいかな。」
「ええ、まずは」
背中に背負っていた箒を手に取り
「掃除をしてみてはどうでしょうか?」
「え?掃除っ?!」
きょとんとした辰美に彼女は言う。
「掃除をするというのは塵やゴミがなくなりキレイになるのと、場を清める意味合いもあるのですよ。穢れをはき清め、狐さんたちの力を発揮できるようにしましょう。」
「良いねえ。もう何年も人が来ていないんだ。汚れてしまっているよ。」
おばあさん狐がうん、と同意する。
「え…?私もやるの?」
「もちろん。そのために箒を持ってきましたから。」
緑の背中にはもう一つ箒が背負われている。
(げー…あたし、掃除苦手なんだよね〜。)
―――
緑は軍手を持っているので廃材を仕分けるのを担当し、辰美は(予備の雨合羽をかしてもらい)落ち葉掃きや煤払いをする事となった。
冷ややかな風が森に吹くと心地よい。運動と同じくらい体を動かしているせいか、熱がこもって汗になる。
鳥居についた蜘蛛の巣を掃除をしていると、緑が話しかけてきた。
「その左手。怪我でもしたんですか?この前のコスプレといい」
「あっ」包帯をした左手に視線が行く。「コスプレ??」
「ええ、犬みたいな…」
(バレてた?!私みたいな目を持ってないと見えないとかじゃないのっ?!)
辰美は慌てて手を隠しそうになったが、緑が素早く握ってきた。不思議と緑の手は無傷で、辰美は内心不思議に思う。
力を発揮するには条件があるのだろうか?
「嫌な感じがします、それ。何か悪い者に取り憑かれたのではないのですか?」
「あーえっと大丈夫!!」
「見せてください。」
「それがあ……変な犬の霊に取り憑かれちゃって……。」
(あながち間違えてないよね?)
「犬の霊?動物霊ですか?」
「ま、まあ。性悪で無責任なんだけど〜しぶとそうだし、今の所実害もないし、悪いヤツではなさそうだから平気かなって。」
「ふうん。悪いヤツに思えますが…。」
「大丈夫大丈夫っ!ヤバくなったら緑さんに頼るから!」
そういうと彼女は疑い深い目付きでこちらを一瞥した。会う度に無表情ばかり浮かべている緑だが、少しだけ感情が顕になる瞬間があるようだ。
「大変になったらお祓いに行った方がよいかと。知り合いにお寺の人がいますから…」
「ありがとう。」
辰美は包帯が解けていないか確かめると、ホッと胸をなでおろした。
そうしてビニール袋にゴミが詰め込まれ、カオスに溢れていた境内はわずかながら小綺麗になった。
錆び付いた(掃除したが改善はしなかった)神鏡を社にしまいこみ、扉をしめる。二人で壊れかけた小さい狛狐の陶器をきちんと並べ、全体を見渡した。
「お〜!ちょっと綺麗になったね。」
「ありがたい。力が湧いてくるようだよ。」
おじいさん狐が嬉しそうに台座に座り、境内をみやる。
「清々しい気持ちになるねえ。じいさん。」
「ああ」
二匹はニカニカと笑顔を浮かべているのか、声が弾んでいる。普段は人助けなどあまりしないがこの日ばかりは誇らしい。
辰美は汗を拭いながらも、箒を眺める。達成感というやつだろうか。
「ここまでしてくれて嬉しい限りだが、もう一つお願いごとをしたい。」
「え?」
「儂ら神使らでな、昔、四神の結界を張ったのだが。それを悪い魔法使いとやらに破壊されてしまった。地主神がやられて、加えてそれだ。越久夜町は不安定になり魔が入り込んでしまう。」
「四神の結界、ってなに?」
「東西南北に神獣を勧請して土地を守ってもらうことだよ。」
おばあさん狐が言った。
「我々の界隈でも、その話は聞いた事がありますね。」
「四神の結界を再び張り巡らせ、利用したいのだ。それには越久夜町の霊脈にある力を借りなければならない。霊脈の上にある神社が市街地にあるんだが…そこから神具を持ってきて欲しい。」
「神獣鏡と勾玉さ。」
「天鳥船という祭神が祀られている廃神社から神獣鏡と勾玉を拝借し、四神に再び守ってもらわないといけないのだ。」
二匹は神妙な気色で言うや、頭を下げてきた。
「お二人共、顔をお上げください。神使が人間に…」
「我々はもう後がないのだよ。緑さん。」
「あー、えっと神獣鏡ってなに?」
「古代中国の神像や神獣があしらわれた鏡の事です。日本では古墳から出土し、教科書にも載っていたはずですが…」
「全然忘れてた。その神獣鏡って四神と関係あるんだ?」




