辰美と稲荷神社の神使 4
雨が降り続き、上流にあるダムが心配だと大家さんと住人が庭で話している。辰美はベランダをどう直すか考えていた。
大家さんにはまだ話していないが、見られているかもしれない。あちらから何も言われていないのでホッとしているが、時間の問題だろう。
しとしとと降る雨を眺めながら、辰美は「あ」と声を上げる。
(緑さん家に行かなきゃ。)
稲荷社の神使に「エキスパートを連れてくる」と約束してしまったのだ。待ってくれるとは言っていたが、早めにしないと可哀想だ。
(行き先悪いなぁ…。)
雨の降り具合を見て気持ちがどんよりとする。辰美は部屋に入ると、外に出る準備をし始めた。
山間部にある越久夜町は雲が近いのか、辺りがけぶっているように見える。霧のように視界が白んでいて、山々は水墨画みたいだ。
辰美は傘をくるくると回しながら、人気のない道を歩いていた。
すると、奇妙な者が眼前に現れた。
不自然な存在が歩いているのだ。赤紫色の時代錯誤な装束を着た、四歳ぐらいの少女だった。
教科書や絵巻で見かける-平安貴族が着ている装束に似ていたが、下が袴だった。見たこともない服装であるし、なによりも肌が死人のように青白い。
しかしその顔は楽しみなことがあると言った様子で、明るかった。
(最近、人ならざる者が普通に歩いてるわね。)
人ならざる者だと一目瞭然、辰美は気付かないふりをして商店街に向かった。
商店街はいつも通りガランとしており、シャッターが閉まっている店ばかりだ。その中で営業しているのかも分からない骨董屋がある。彼女が骨董屋にいるのは確実だ。
「緑さ〜ん。」
骨董屋のガラス戸を開けて、呼びかけてみる。返事はない。
「お邪魔します。」
店に入るも静寂が支配している。ホコリをかぶった骨董品を眺めつつも、辰美は奥に行こうとした。
「ああ、辰美さん。今日も来たのですね。」
ベストタイミングで緑が店内にやってくる。いつもボサボサの髪型が今日は比較的穏やかだった。
「今日もってなんかヤな感じじゃん。」
「ええ、あなたが厄介事を運んでくる予感がしましたから。」
無表情ではあるが、彼女はわずかに嫌そうに眉を寄せる。辰美はそれを見て話題を逸らしてみる事にした。
「ヒドォ〜〜。緑さんこそ、起きてるなんて珍しいね。」
「書斎に用があって丁度母屋に帰ってきたところなんです。」
(あの書斎に?なんだろう?)
何か調べたのだろうか?
「あ、あのさぁ…緑さんに頼みたい事があるんだ。実は数日前に稲荷神社の使いのキツネさんに出会って、どうにかしてしてって頼まれたんだよ〜。私にはどうにもできなくて、緑さん、なんとかして〜!」
「は?寝ぼけているんですか?」辰美の懇願を他所に、緑はさらに眉のシワを深めた。
「神使が直々に頼んでくるはずないでしょう?野狐か悪霊か何かじゃないですか?」
「いやっ本当に神サマの使いなんだって。神社にも連れていってもらったし!」
「信じられないですね。」
キッパリと言われ辰美は焦る。
「私も信じられないよ。でも本当なんだよ。」
「確かに辰美さんの眼なら神使を視れるかもしれませんが……うーむ。」
「キツネさんの命がかかってるの!」
(私のも!)
緑は考えている様子で腕を組んだ。もし断られてしまったら、自分は真の意味で何もしてやれない-ーそんな他力本願な気持ちがわいた。
「越久夜間山に江戸時代まで大きな稲荷神社がありましたね。それならば…」
「そうそう。越久夜間山のキツネさん。」
「…。神使たちも悪い魔法使いの影響を受けているんでしょうかね。なるほど。」
「納得しないでっ。一応行ってみるだけ行ってみない?私を観光案内すると思って。」
「はぁ〜〜…。しょうがないですね…。」
「わあーっ!緑さんありがとう!」抱きついてきた辰美に彼女は驚いたが、困ったと目を泳がしただけで拒絶はしなかった。今回の頼み事を根っから嫌がっているわけではなさそうだ。
「次の日に行きましょう。稲荷神社に行っても何もなかったらすぐさま帰りますからね。」
「うん、ありがとう。多分キツネさんたちもいると思うから。」
信じられない、というような目付きをしているがそこはお愛嬌。辰美はニコリとごまかした。
「明日も雨ですので、気をつけて山登りをしましょう。」
「うん!」
結構書いたと思ったら文字数はそうでもない…不思議な現象ですね()




