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開闢のミーディアム ~人ならざる者が見える辰美の視点~  作者: 犬冠 雲映子
悪い魔法使いと越久夜町編《人ならざる者が見える辰美の視点》
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鬼神 5

「しつこいぐらい現れるわね。」

 不機嫌な口調で言うも、犬人間はいたずらっぽく片眉を上げただけだった。蛍光灯の下、三本の指をテーブルに這わせている。鋭い爪が柔らかい表面を僅かに傷つけた。

「世話係を頼まれているからな。全知全能の神に。逆らえんだろう。」

「ライラさんに?」

 有屋(ありや)が探していた謎深い女性、麗羅(らいら)。全知全能の神とも言われている……──


「怨霊を、彼を見捨てたわけ。」

 思い出した事を天の犬に言いつけるも、彼はなんともなさそうに頷いた。

「ヤツから発されていた可能性が閉じた。」

「可能性?それだけ?」

「利用価値といえばいいか?俺は情に甘くない。というより、地球生命体に肩入れする義理はねえよ。」

 虹色の瞳を意地悪く歪ませ、彼は軽々しく言った。他人事。辰美は不快感に眉間にシワがよるのを自覚する。


「最低」

「じゃないとこっちが潰れちまうだろうが。ボランティアでやってるわけじゃないんだからな。」

「有償ボランティアでいいじゃない。」

「ハハッ言ってくれるじゃないか。……あえて理由を話すのならば、鬼神の眷属(けんぞく)が死んだ。それが彼の可能性だったんだ。」

「眷属……?」

「主に付きそうものさ。眷属は鬼神の眠っていた希望、未来の化身だったんだ。その存在は奇跡に近い、未知数の存在が生まれ落ちたのだから。」


 ──半身を失ってしまったからね。今や私には何もない。希望も、未来も。

 鬼神はあやうげな様子でそう言っていた。彼女には半身というべく眷属がいたのか。


「奇跡が死んだら後は絶望だけが残る。…奇跡や希望が時空を救うように、反対の絶望が時空に作用する事もある。かつて鬼神が鬼神たらしめた事件で、怨恨が時空を破壊しそうになった。その二の舞はごめんだね。気をつけて欲しい。」

「う、うん」

「お前が絶望したら、きっと可能性は閉じる。」

「用済みになるってワケね。」

「ああ、そうだ。」


(そうなったら、見水(みみず)と緑さんも時空と共に消えるのかな?)

 それは嫌だ、と反射的な気持ちが湧いた。(嫌だ?)

(私は、見水たちに消えて欲しくない?うん…越久夜町をハッピーエンドにできなくても、二人だけにはツラい思いはさせたくない、かも。)


「なあ、明日は新月だ。ぶうたれたアイツに会えるんじゃないか?」

「鬼神に?どうして?」

「根拠なんてない。」

 うんざりしてため息を吐いた辰美に、ニタリと犬人間は笑ってみせた。

「とにかく行ってみろ。草木も眠る丑三つ時に行かないと意味がないぜ。」

「それ、罰ゲームか何か?」


―――

「怖気付いて逃げたと思っていたよ。」

 鬼神は社殿の入口に寄りかかり、小馬鹿に鼻を鳴らす。彼女が"草木も眠る丑三つ時"に、本当に現れるとは思いもしなかった。

 あれから辰美は百円均一で購入した懐中電灯を手に、神社を訪れてみた。犬人間に言われた通り新月の午前二時を目安にうら寂しい町を歩き、神社にたどり着いた。

 居なかったら居なかったで、また会える日を探ろうと考えていた矢先。権現造(ごんげんづ)りの社殿の扉に、鬼神は寄りかかり待ち構えていた。


「見つけられたかい?君のその目玉を食べられると思うと楽しみで仕方ないよ。」

 鋭い牙に怯みそうになるが、そこは堪えて威勢をはる。


「貴方は異国の民、名は藤原 宗勝。または羊なる者。そうでしょう?」

「……。」鬼神の瞳がわずかに煌めく。「そうだ。」

(当たった……?うそ)

「よくぞ私を見つけてくれた。」

「うん。私だけの力じゃないけど、アナタを見つけられた。」

「運が良いのか、それとも必然か。……ふん、食べられなかったのが残念だ。」

 二人は向かい合い、しばらく黙った。夜風が寒いと感じるはずなのに汗が止まらない。


「昔話をしよう。」

「え?」


「隣りに来たまえ。」

 鬼神は座り込むや隣のスペースをぽんぽんと手で叩いた。

「わ、分かった。」

 逆らえば何をされるか分からない。辰美は恐る恐る社殿に歩み寄り、鬼神の隣りに座る。

 間近で見やれば栗毛が艶を放ち、白い肌が懐中電灯に反射する。(そこにいるみたい…。)


「神世の時代…いや、神と人が共存していた時代。とあるムラに、異国の民らがやってきた。故郷の異国が戦乱の世になり、逃げてきた者たちだった。彼らは様々な知恵や文化、技術を持ってきて、現地の民へ教えてくれた。ムラの人々は大陸の文化に興味を持った。…別に特別なことじゃない。各地で同じように渡来した者たちがこの国に訪れていたそうだよ。」

 絵本を読み聞かせるように、彼女は静かに語り出した。夜風がザワザワと木々をなでていき、境内を通っていった。

 辰美は隣に人が(人ならざる者だが)いるのをありがたいと思った。

「それが、豪族の一派?」

「私がいた頃はただの外国人の集団に近かったがね。まあ、それはいい、その内の一人は住むうちにある神の声が聞こえるようになり、必然に周りに伝えるようになった。─私は巫覡(ふげき)としてムラの民を支えた。巫覡というのは分かるかね?」

「シャーマンみたいなやつですよね?」

「そうとも。私が人であった時代は神と人間の距離が近かった。神との対話は何よりも大切だった…ああ、懐かしいよ。」

 脳裏に浮かんだ過去の情景を懐かしみ、彼女はわずかに悲しげな顔をした。

「楽しいだけが過去ではない。私は巫覡をし、民を支えたが、それを良くないと思う者もいたのさ。例えば…元からムラを支えていた政の人々、その側近。神官ら。巫女。」

「……。」

「神官らはそれを危ぶんだ。悪神への信仰が広まれば、神々や最高神のヒエラルキーが崩壊してしまうかもしれない。それ以外に巫女への信頼が揺らいでしまいかねない。」


 ─双方は自然と衝突し、巫女らは異国の者は悪鬼の化身であると非難し、処刑せよと扇動した。

 民たちはそれに従い、異国の者を処刑せんと団結した。異国の者は異議を唱えたが収まるような状態ではなかったのだ。捕らえられた異国の者は皆の前で処刑された。

 死した異国の者は怒り、怨念と憎悪の化身。…自身を形作る感情が尽きるまで暴れ回ったよ。

 そう、怨霊と化したのだ。異国の者は穢れをばら撒き、人々は病に伏せ、または死んでしまった。巫女は神々へ祈り、奇跡を願った──めでたしめでたし。


 だと思うかい?

 奇跡など存在はしないのだ。異国の者の心体に宿り放出される、醜い塊はなくならなかった。裏切った民を苦しめ、共に耕した自然をケガし……自らが築いたものを台無しにした。

 やがてどす黒い増悪と穢れは私になり、人ならざる者となり、鎮められた。神に祀りあげられたんだ。


「それが、私の─異国の者の忘れられた物語だ。」

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