鬼神 4
骨董屋のシャッターは僅かに空いており、相も変わらず店内は無人であった。客足のない商店街では珍しくない光景ではあるが…。
今日も堕落した生活を送っているのか、緑はボサボサの髪で現れた。スエットもよれておりいまさっきまで寝ていたのだろう。
小林 緑。整った顔立ちの二十代後半の骨董屋店主。容姿さえ小綺麗にしていれば美人になるはずだ。本人は全く気にしていないため、死んだ目をしていつもスエット姿にボサボサの髪で出迎えてくれる。
「うわ。緑さん、大丈夫?ご飯食べてる?」
「はい。朝はお茶漬けを食べましたよ。」
「もうちょい栄養価のあるもの食べようよ…。」
青白い顔をしている店主に二人は心配するも、本人はお構いなしだ。
「緑さんに聞きたいことがあるんだけど」
「あの、狛犬が壊れた神社について歴史などを知りたいんです。」
「はあ……私は何も知りません、と言っておきます。」
面倒だ、と言わんばかりに彼女は雑に言い放った。
「え〜〜~。魔女と名高い緑さんでもぉ?知らない事があるんだあ?」
「私はイヅナ使いですから。」
「誰かに口止めされてるんでしょ。」
「はい。」キッパリと言い放った緑へ辰美はずっこけそうになった。
「お願いします。ただの好奇心じゃなくて、後々卒論に関わるかもしれなくて。」
見水が手を合わせて懇願しだす始末。
「……しょうがありませんね。あなたたちだけですよ?」
「やったー!」
二人はやれやれと言った様子の緑に連れられ、いつもの居間に招かれる。
「地主神が祀られている神社というのはご存知ですね?」
「うん。そう聞いたよ。」三人は座り込み、テーブルを囲んだ。
「地主神とは農民や先祖の神さまでしてね。地神ともいいます。日本では地神は冬では山におり、春になると山から降りて田の神になります。その間農耕をする人々から信仰される神さまですが、また冬になると山に戻り山の神になるわけです。」
「じゃあ、山の神と一緒っていうこと?」
辰美が祖父から聞いた山の神と似ている。
「はい。越久夜間山に祀られている山の女神と同じ存在になりますね。ただあの神社にはオオクニヌシが祀られていました。オオクニヌシは国を創った神さまですから、越久夜町の土地も……という感じでしょうか。まあ、私もその情報は定かではないので、間違っていたらすいません。」
「ううん、そうだったんだ。」
メモを取りながら見水は興味深そうだ。
「その神さまがいた神社で何かあったとなると、なんか不穏だね。」
怨霊は土地を守護した神を追い払ってしまったのだろうか?そうなると越久夜町はどうなってしまうのだろう?
「………。やはり話すのはやめにしておきましょう。」
「えっ!やだーっ!」
「そ、卒論にかかってるんです!助けてください!もっと、いつから建ってるとか知りたいんです!」
二人で反論するも、緑は渋っている。
「なら、このことは………口外禁止ですよ?」
「えっ」
「書斎になら、資料がたくさんありますから」
(あれ?)
微妙な、何かが噛み合わないような違和感が辰美に走った。以前の、知り合った緑からは信じられないような柔和な態度だった、ように感じたのだ。人が違うみたいに。
(時空が違うから?)
気持ちの悪い感覚に、眉をひそめそうになる。堪えて必死に作り笑いを浮かべた。
「どうしたの?辰美?」
「あ、ううん。」
「ありがとうございます!」見水が頭を下げている横で掌の汗を拭った。
―――
「いいですか。私の祖父と母が集めた大切な資料です。無闇に触らない、遊ばない、飲食しない…」
「あたしらガキじゃないんだけど。」
「学生でしょう、それくらいは守ってください。」
蔵の鍵を開けるとホコリの臭いがむっと漂ってくる。見水がわずかに息を飲むのが伝わってきた。
「すごい…こんなに」
「わあ、図書館みたい。」古めかしい書籍がずらりと棚に並び、あるいは積み上げられていた。書斎の底が抜けてしまうのではないかというぐらいに。
公民館にある郷土史コーナーより書籍がたくさんある。それも年季の入った貴重な本、といった物ばかりだ。
「これなどどうでしょう?」
見水に『越久夜町史』を渡して、
「辰美さんは何を知りたいのですか?」
「私は平安時代ごろかな?その頃に異国からきたって人を知りたいのよ。」
「ああ、渡来人ですよね。」
「うん、それそれ!」
「この町にも渡来してきた人々がいて、大陸から文化を伝来したようですね。…しかしそれをどこで?」
緑が疑念の眼差しを向けてくる。
「あー…えっと、物知りな人に教えてもらったんだよね~。」
項をかいてにへらと繕うも、その眼は鋭かった。
「なら、私よりその人に頼んだ方がいいのでは?」
「それが少ししか教えて貰えないんだ。ケチな人でさ。」
嘘は着いていない。本人に言ったら食われてしまうだろうが。
「平安時代というよりも、弥生時代ではないでしょうか?」
「稲作伝来の事ですか?」見水が古めかしく分厚い『越久夜町史』を読みながら言った。
「ええ。渡来人は縄文時代晩期から弥生時代にかけて、日本に渡来し稲作を教えた事で縄文時代が終わっていったと言われています。」
「へえ〜物知り。さすがは魔女っ!」
「と、テレビでやっていました。」
「テレビかい!」
「さまざまなメディアから、情報をインプットするのも学生には必要な能力ではないですか?辰美さん。」
「はいはい。で、その弥生時代に来ていた渡来人の記録とかないの?」
「辰美!みて、ここに縄文時代とか書いてあるよ。」
『越久夜町史』のページを広げ、見水は横に来る。
「出土した縄文時代の土器などが書かれていますね。この辺りも今よりは海に近かったのでは。山の奥ですのですぐ海、とは行かなかったでしょうが…。」
「ああ、暖かかったんだっけ。なんだっけ?」
「縄文海進、ですか?」
「そうそう!さすが〜!まさかそれもテレビ?」
「はい。教育テレビを流し見してまして。」
「はあ…縄文時代から越久夜町には人がいたのね。それで渡来人もやってきた。」
「弥生時代の記述もあるよ。でも、ここ山奥だから稲作は向いてないよね。」
「あ、そういえば。」そういうと緑は書斎の棚から図録を取り出した。表紙には通貨の写真。
「隣町で渡来の人々が銅を発掘し、当時の王に献上したというのがありましてね。そのような事柄も関係しているのかも知れませんね。」
「その人達の仲間とか、かな。」
「もしかするとそうかもしれません。銅が発見された場所は神社になっていますし、町役場に行って尋ねるのも、楽しいと思いますよ。」
「おもしろそうっ!」
見水のキラキラした目に押されながらも、辰美は
「その人たちについて、この本には書いてある?」
「あ、えっと全然……あっさりしてる。」
弥生時代の項目には土器や住居跡などは書かれているものの、他はなかった。隣町の図録からして渡来人が来た、というのは確実なのかもしれないが…越久夜町にはそのようか記述が少ない。
(渡来人の人と何かあったのかな?)
「私、もっと探してみる。」
「乗り気の辰美は珍しいんですよ、緑さん──」
などと話し始めた二人を他所に、辰美は書斎を一瞥し棚へ歩み寄った。越久夜町の発掘調査記録や古地図などがところ狭しに並べられている。
(ここにはなさそう)
伝承や伝説といった文字に惹かれ、となりの棚に移動する。古びて茶っけた本の隙間にメモ帳が挟まれていた。
なんとなく、それが気になった。
手に取りパラりと広げてみると、文字が書かれている。
──越久夜町の時空を、幸いにするには?
(なにこれ?)
乱雑に書かれた文字を読み、辰美は汗が滲む。
(時空をハッピーエンドにするには……。)
まるで自らが課されている出来事が書かれているような気がした。
「地主神が祀られた神社は平安時代から、それ以前からあったに違いない?……なにこれ?」
見水がずいっと横から、顔をのぞかせて首を傾げた。
「はい?」
緑も続いてのそっとやってくるなり、不摂生な顔色をさらに真っ青にさせメモを手にとる。
「どうしたの?緑さん?」
「これは私の祖父がかいた…メモ帳です。」
「えっ。緑さんの、おじいちゃんの?」
「はい。」
辰美の問に頷き、緑は感慨深いといった様子でそれを眺める。
「晩年まで祖父は何かを必死に調べていました。それの一部だと思います。」
「私たちにも読ませてくれる?」
「あ、はい」
再び手に取り、辰美はジッと眺めてみる。
「すいません。緑さん」
見水が謝るも予想外に見つかったメモ帳に、緑も動揺しているみたいであった。「辰美さん」
何かを言おうとした緑だったが携帯電話に着信がくる。鳴り出した携帯を一目見ると、ため息をついて蔵から出ていった。
そんなこんなですぐ夕暮れには骨董屋から帰る事になり、店主に追い出されてしまったのだった。
―――
自宅に帰り、辰美はそのままテーブルに向かいぼうっとする
──越久夜町の時空を、幸いにするには。
頭の中でその言葉がよみがえり、消えていく。
(緑さんのおじいさんは何かを知っていた?)
何故、あの地主神が祀られている神社について調べていたのだろう?
しかも怨霊となったであろう渡来人の者までも。まるで真相を見てきたかのように、詳細に記載されていた。
(とりあえず、こうよね。)
脳みそに詰め込んだ内容を整える。
神社らしきものはかなり昔からあったのではないか?それも平安時代より昔に。
何らかの理由で怨霊となった渡来人を鎮めるために、神として祀ったのではないか?
緑の祖父が記述したメモには、越久夜町の歴史書には載っていないが推測するに銅を発見した者の一人である"藤原 宗勝"ではないかと書かれていた。羊なる者と呼ばれた豪族の一人で、一族などが県外に向かったが、彼はこれまた何らかの理由で越久夜町に残ったのでは──と。
羊なる者。
「……。あの子、女の子じゃなかったんだ。」
「人ならざる者が、生前の姿を忠実に再現させる必要はないだろ。な、辰美くん。」
眼前から男性の声が聞こえ、現実に引き戻される。犬人間がいつの間にか、テーブルに頬杖をついていた。
またまた川口謙二著『日本の神様 読み解き辞典』を参考にしました。
多分、分かった人がいると思いますが書いてある事は実際の歴史とはかなり違います。奈良時代のようです。
ファンタジー日本の歴史という事で…。




