未確認思惑「UMAハンター麗羅」
彼女はのんびりとモーニングを楽しんでいた。場所は遊具のない公園だ。
朝靄が立ち込め辺りは静寂である。都内にあるとある閑静な住宅地。品行方正なイメージを持つこの住宅地にある公園は不気味なもので、もちろん遊具はない。最近の風潮により消失した遊具の代わりにだだっ広い空き地がある。そんな殺風景な景色が広がっていた。モーニングをしている柔らかなくせ毛の女性は非現実的であった。
仙名 麗羅という。
可愛らしいセーラー服を着ているが、彼女は成人しているように見える。二十代後半くらいだろうか。セーラー服を着るには少し歳がズレている─言わばコスプレ衣装と言えるその格好を恥らう事もなく、麗羅は無心に菓子パンを食べていた。
「こないだのツチノコですが…」
隣で困り顔をしているバイヤー・嘉祥 魚子は打って変わってげっそりしている。まあ検討は付いている。
「パチモンを売りつけるのはどうかと思います。亀を…」
「亀を飲み込んだヘビなんて珍しいじゃーん?」
「確かに珍しいかもしれませんが…UMAでは、ありませんよね。ただ珍事に巻き込まれた爬虫類です…。」
タレ眉の魚子がさらに悲しみに染まる。きっちりとスーツを身にまとい、肩までかかる黒髪が真面目さを物語っていた。
「あーんななこぉ、私も大変なのです。地球にUMAは存在するかもしれないけど日本にはもういないんじゃないかなぁ?」
ツチノコとか、ニホンオオカミとか…でも「河童」はどこにでもいるし…──未確認動物の存在は数多に及ぶ。宇宙に生命を探すのと同じようだ、と麗羅は半分ハンターの仕事に嫌気が指していた。くわえて幻想の生物はテクノロジーやらに否定された。ハンター界でも認知されていない生命を見つけるのは難しくなっている。
絶滅したり乱獲され保護されている生命もいる。しかも未確認生命物体愛護団なんてものがいてハンター自体を邪道な存在として弾級したりもしている。
モチベーションは下がるがハンター自身だってUMAになりたくはない。絶滅危惧のレッテルを貼られ、忘れ去られるのはごめんだ。ハンターというのは未確認動物を狩り、市場に出すという役割を担っている職業だ。
物好きな愛好家や用途不明のマッドな人たちは未だUMAを求めている。需要と思惑がハンター業界を支えているのだ。
「魚子さんはさ、なんであたしに固執するの?ハンターさんなんてたくさんいるし、あたしの代わりは五万といる。でしょ?」
「パチモンを売りつけてくるから、あなたに毎回抗議しにきてるんです!」
これまでパチモン(といっても珍事に巻き込まれた動物たちである)を売りつけてきた麗羅にバイヤーたちは青筋を立てている。模倣?された妖獣たちからもイメージダウンであると抗議が殺到するほどだ。
人当たりもよく麗羅と仲が良い(と思われている)魚子が決まって彼女を説得するパターンができていた。
「見世物小屋に出回るのはそんなもんで十分よ。」
「ですが〜…」
魚子はいつもよりも粘着質だ。後がないんだろうか?麗羅のインチキのせいで立場が危うくなっているのか?そう考えると可愛そうである。そもそも何故魚子が麗羅の尻拭いをさせられているのか謎だ。彼女は優柔不断で気弱である、上司からの無理難題を断れなかったんだろうか?いや、何か悪いことをしたのかも。
これ以上ふざけたら確実に魚子は組織に憂さ晴らしをされこの世から消えてしまうかもしれない。数少ない話し相手が減るのは心苦しい。そんな連想ゲームをしていると魚子がとたんに儚い存在であるのに気づいたのだ。
麗羅はしばらく宙を見つめ思考を巡らせた。
「ホンモノのUMAがほしいんだよね。」
「ええ。」
「じゃあさ、私たちでUMA作らない?」
にたりと笑った性悪女に魚子はゾッとした。
ただじゃ済まない事態にすでに巻き込まれていると…。
UMAは認知され公に生態を解析されてしまえばUMAという属性を失う。かつてUMAであった者たちはたくさん地球上にいるし、今も平和に暮らしている。彼ら側からしたら人類の飽くなき追求心の方が恐ろしいだろう。ついには人類の持ちえる知識とエネルギーで新しい生命を作り出している。そんな人類の枠に収まった人類らしい彼女の提案に魚子は不安になる。
「じゃあどんな感じにしようか?ナイトクローラー日本版とか?」
「あ、あの、私、仕事がっ。」
「バイヤーさんよお。取引はちゃんとしようぜぇ?バイヤーさんよー。」
がっしりと肩を組み捕獲する。ガタガタと震えている女性の唇は真っ青だ。
「ナイトクローラーは二番煎じになるから、んー昨日食べたタコにすっかな。」
麗羅は昨晩タコを食べた。二次収入で得た金で居酒屋に寄ったのだった。西洋では邪悪な存在だって言われているし…UMAっぽい感じは漂っている。
「タコ…?あまりUMAらしくありませんね。」
「うさぎに角が生えてるUMAだっているんだから、タコが…歩いてたら面白いわね。」
「町を?」
「うん。住宅地を。」
「はあ…。」想像したらおぞましい。けどどこか面白おかしい光景にくすりと笑ってしまう。
(いやいやっそんな場合じゃないのよっ!ナナコっ!)
危うく口車に乗せられそうになった自分を叱咤する。こんな調子じゃ彼女を厚生させてやできない!
「第一私達じゃあ、吹聴するのにしたって、ご近所さんぐらいしか範囲がないんじゃ……。」
「だから、町中に広めればいいんじゃん!手当り次第にさあ!」
「暇なんですか…?」
さすがにイラッとこなくない。こっちだって暇じゃない。
「ハンターに休みなどないのだ。」
「はあ…私もう帰りたいです。」
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2022/02/18 加筆修正しました。