赤眼のカラス 2
異形のカラスがバサバサと近くのブロック塀に着地する。「あたしの姿が見えるんだろ?」
首を傾げ、こちらを覗き込んできた。ヤツの目は血のように赤かった。赤目のカラスなぞ日本にいるんだろうか?アルビノなら分かるけれども。
辰美は緑から言われた言葉を思い出す。人ならざる者が見えるのならば、人ならざる者も貴方を見ている。気をつけなさい。
「まさか、バケモノ…?」
「そうさ!」胸を張りカラスは自慢げな顔をする(ように見えた)。
「そんじょそこらのカラスとは違う、高性能カラスだ!」
「は、はあ…そうなのね。」
「あ、信じていないなぁ?」
「うわっ」
「信じてくれって〜〜」バサバサと羽ばたく仕草をして、ハシボソガラスは駄々をこねた。
「-なんで山の神さま?に会いたいわけ?何か用があるの?」
辰美の問いに
「ああ!山の女神に会ってやりたい事があるんだ!」
「はあ…山の女神ってなに?初めて聞いたんだけたど。」
「山の女神は山の神さまだよ。女の神さまでね?多少は運命を操り、あるいは手繰り寄せる力をお持ちのようなんだ!最高神の特権か、固有の能力かは知らないけど。」
カラスは器用に足の指を立てる。
「最高神…??えっ、ここの時空って改変されてるんだ?」
「ツギハギで歪な線なんだ、この町は。ちぎって貼り付けて、無理やり繋げて、施工して、女神は思考を停止した。やりっぱなしさ。それじゃあ崩壊するのも当たり前。」
「ふ、ふーん。崩壊ねえ…」
「越久夜町はこのままでは滅んでしまうよ。」
ずいっと顔を近づけると、カラスは鳥類の仕草でこちらに同意を求めてくる。
「アンタが言いたいことはなんとなくわかったわ。スケールがデカすぎてちょっとアレだけど」
「山の女神が全ての元凶なんだっ!辰美、あんたの力が必要だよ!一緒に越久夜町を救おう」
(言われなくても強制的にしなきゃいけないんだよね……。)
「わ、分かったから。で、山の神様をどうやってみつけるつもり?」
「あー、さあ?わかんないからアンタに頼んでるんだ。」
「はあ?!」
(山の神、か…。)
辰美も祖父母から話を聞いた。山の神さまは春になると人界に降りて、冬になると山から見守ってくれる。だからお祭りで山の神さまを祀り、感謝するのだと。
妖精(と思われる)生き物や怪物じみた外見の者は沢山見てきたが、神さまを目撃した経験はなかった。絵本や絵画では神さまは人の姿をしている。それにそこら辺を歩いている存在ではないだろう。
これまたスケールの大きな人探しである。
(この前は護法童子に頼まれたし、神さまはいるんだよね?)
「あんたはさ、神さまをみたことあんの?」
一目みるならただのカラスであるが、経験則からしてそれは通用しない。前は神社の怪物だったのだから。
「ああ!あるよ、なんたってあたしの主は神さまだからね!」
辰美はずっこけそうになった。
「神さまの使い?」
「いやいや、神使じゃないやい。式神っていう種族だよ。」
式神?
「あたいらは人に仕えるんだ!なんだって叶えられる。恨み嫉みだって、雑用だって。主のためならなーんでもやってあげる。それが式神さ。」
「いや、さっき神さまって…」
「特別なんだ、あんたの目ん玉みたいにね。」赤目をくりくりさせ、彼(または彼女)は首を傾げ瞳を覗き込んでくる。
「あたしの目ってそんなにレアかな?」
「うん。アタイぐらいレアだよ。」
自信満々にカラスは言う。式神というと映画やフィクションで登場する陰陽師の使い魔、というイメージしかなかった。
「そういうわけで辰美ちゃん、よろしくなっ!」
ウインクをされ、辰美は固まる。
「なんで名前知ってるの?!」
「それはアタシが式神だからさっ!」
-謎のカラスとの出会いはこんなものだった。
―――
翌日。
「みどりさーん。」
シャッターや鍵は閉められていないので、開店はしているのだろう。物が古びた匂いが店内に籠っている。博物館や文化財に漂う空気感と似ていた。
しんとしている。辰美は緑が倒れていないか心配になった。
衣食住さえおざなりにしている人だ。それに奥から異臭がする。
(まさか…腐ってる?)
緑が腐敗している臭いじゃなかろうか?
最悪の事態を想像しながら恐る恐る居間へ進む。物が秩序なく置かれているのはもはや壮観である。臭いがきつくなり冷や汗がたれた。
「はい。」
「ひゃあっ!?」いきなり声をかけられ悲鳴をあげてしまった。
数匹のイズナがふわりと空中を舞う。いくつもの赤目がこちらを見つめ、興味をなくしたのかそれぞれ好きな方へ泳いで行った。
辰美に憑いている変わり者のイヅナはそれを目で追いかけ、やがて項にピトリと身を寄せる。
「…なんの用ですか?勝手に上がり込んで」面倒くさそうに店主はいう。
「良かった~生きてた。」
「失礼ですね。生きてますよ。」
「げぇっ!なんか腐ってるんですけど!」
箱ずめされたじゃがいもが腐っている。緑はああ、とわずかに驚いただけだった。
「近所の人がくれたんですが忘れてました。」
「じゃがいもがかわいそ~」
相変わらず生活面がだらしないみたいだ。台所は食器で溢れかえっている。見水がお礼にと掃除してから何も進展していないらしい。
「これも賞味期限が切れる前に食べてよね。」
コンビニで買った期間限定スイーツを冷蔵庫にしまうも、店主は無表情のままだ。嬉しがっている素振りもない。
「堆肥にしますから大丈夫です。」
「ひど。買わなきゃ良かった!」ご機嫌取りの品も意味がなかったのか、と辰美は内心げっそりする。
「で!緑さんに頼みたいことがあるんだ!いいかな?」




