イズナ使いの異聞奇譚「おわり」
願いを叶えるネズミ…その人と明朱は母の通院している総合病院で出会ったという。その人の姿をよく思い出せないのだ。例えば夢の中でありがちな見えているはずなのに、誰だかははっきりしない曖昧なイメージ。大人だった、それだけは確かだった。
パチリと視線があった。薄気味悪い人である印象を受けた。
その夜。家に大きなネズミがあらわれた。
言葉を発し、あの時の者だという。自分はこの町と人類を救うために働いている、と。
「君に取り憑いている物をとってあげる。…遊ぼうじゃないか。ほら、これ、謎解きだ。これが解けたら君は救われる。」
救われる、それしか考えられなかった。辛い生活から逃れられる。明朱は一生懸命、数字を解いた。最後は緑たちと同じくネットに頼り、あの家にたどり着いた。
明朱は悪い魔法使いに犬神を預けた。
あれから犬神はいなくなった。姿形でそれがわかった訳ではないけれど、母の精神状態が少しずつ快方に向かっているのだという。
-ありがとう、ありがとう緑さん。あなたもいつか、憑き物と良い結果になりますように。
衣舞からの手紙をたたみ、緑はイズナをみやる。
イズナはこちらの気も知らずふよふよととんでいるだけである。イズナという生き物が自分の家に住み着いている。細長いイタチの如く異様に目が多い、不気味な生き物である。明確な記録はなく、何代に渡ってイズナを世話してきた。
これからも、自分が息絶えるまで世話をしていくつもりである。
再び怠惰に身を任し、堕落した日常に戻る。自分にはこの無変の生活が割にあっているのだ。その方が安心する。
本来の時間が骨董店に流れている。穏やかな、埃臭い籠った時間が。
ステンドグラスを塞いでいるガムテープが劣化してきている。また張り替えるのも考えものだ。いっそのこと修繕してもらうか、新たなガラスをはめるか…。
つらつらと考えているとガラス戸が数回ノックされた。
子供と母親と思わしき女性がこちらへ会釈する。肝っ玉母ちゃんといかにもいたずら坊主といった、元気そうな少年だ。客人だろうか?
「いらっしゃいませ。」
ガラス戸をスライドさせると、親子は唐突に謝ってくる。深々と頭を下げた彼女らに戸惑っていると…。
「この子がお店の窓を割ってしまって…」
「ああ…この、ステンドグラスですね?」
「ごめんなさいっ!おねーさん!ホントにごめんなさいっ!」
今にも泣きそうな様子で少年は詫びた。親にたらふく怒られたのであろう。
「いいですよ。気にしていませんし…それに」
解決策となってくれたのだから。
「俺っ…、あの、わざとじゃないんだっ!」
「コラッ!」
「だ、だって、子供が見た事ない服を着てたから、それに窓にへばりついてて…」
少年は言いずらそうに打ち明けた。親も顔色を変えて、微かに動揺する。「見た事のない服…。」
「す、すいません、もぉ~変なこと言って!」
母親が慌てて否定する。それはそうだ。心霊体験がイタズラの言い訳だなんてシャレにならない。
「いえいえ、きっと蛾かコウモリか…何かがいたのでしょう。夕方は見間違えやすいですから、お気になさらずに。」
「本当にすいません!ほら、謝って!」
「ごめんなさい!」
「そんな…。」親子の必死な謝罪にどう対処していいか分からなくなる。許す、しか道はないのだが…さらに慰謝料を求める極悪人でもないのだし。
「頭をあげてください。起きたことはしょうがないですし、誰だってびっくりしますよ。人が窓にへばりついていたら」
夕方は見間違えやすいですから―自らそう言ったように、夕方は何か人でない者が紛れやすいのだろう。少年は見間違えをしたのか、はたまた「見て」しまったのか。
体験した出来事が夢でないのなら、後者の可能性を考えてしまう。
親子から菓子折りを受け取り、見送りながら緑は内心苦笑する。被害妄想が過ぎた。
悪い魔法使いが腹いせで割ったのかと、てっきり思っていたのだから。シャッターを閉めつつも自分の幼さを恥じる。
夕暮れ時、田舎町にシャッターが立てる金属音が響いた。
感想待ってます。
長くなりましたが、ありがとうございました。




