イズナ使いの異聞奇譚「ハッピーエンド」
「あの人が犬神を受け取ってくれたのよ!」
「え…え?」
泣いていたのは嬉し涙だったのだ。緑は内心動揺していた。そんなことがあってたまるか。
憑き物筋は一族が滅ばなければ、憑き物と別れられはしない。それが憑き物筋の定めであるのに。
憑き物筋が憑き物から逃れられはしないのは、必然であった。負の呪いを行使した代償なのだから、都合よく途中で放棄なんてできはしないのだ。
そうだろう?
「本当だ。そいや見水にていてた丸っこいのがいなくなってる。」
そう言うや衣舞の肩を無遠慮にまさぐり出す。イズナと同様に使役者となる人間についてきていたらしい。辰美は言わなかっただけで、犬神はずっとそばにいた。
「…悪い魔法使いが、貰い受けた…?」
何のために?使い魔にするために?
「よく分かんないけどさ、良かったじゃんっ!」
「うんっ、良かった…!良かった…っ!」
号泣しながらうんうんと何度も何度も頷き、明朱をきつく抱きしめる。何週間も命をかけて妹を探し出したのだ。
これ以上のハッピーエンドはない、最高の結末だった。
「お姉ちゃん、そんなに泣かなくても…。」
オーバーリアクションだと困惑している。
「どんなに探したと思ってるのよぉ~!」
姉妹して泣きじゃくり、緑たちは再会を見守っている-よく出来た画に明るい光が差し込んだ。おーい。声をはりあげて、呼ばれている。人工的な白色が次第に強くなり、ポツリと雨粒が皮膚にあたった。
濡れた土と草木のノスタルジックな香りがする。雨雲を運んでくる冷たい風が体を撫でていく。現実が舞い戻る。
「なにしてるんだぁ…あんたたち。」
二人の警官が呆気にとられ、こちらを懐中電灯で照らしていた。ガーデニング用品の椅子に座った明朱を衣舞が抱きしめているという、シュールな状況はどこをどうとっても「化かされた」のだと哀れまれるだろう。
降り始めた雨に打たれながら、緑は全てがめでたしめでたしと締めくくられたのを感じた。と、同時に悪い魔法使いが遠巻きにケラケラと笑っているのが悔しく思えた。そいつからしたら良いことずくめである。
「…迷惑かけてすいません。」
―――
夜の帳が下り、町はしとしとと降り続ける雨音だけが響いている。
ビニール袋についた水滴が滴り落ちていく様を緑は無感動に眺めていた。交番から借りた傘は新品の化学製品の臭いがする。
商店街跡地の近くで下ろしてもらい、二人は骨董店に向かっている。明朱と衣舞は母親が待っている家へと警察官と共に帰宅していった。カンカンに怒っているに違いない。
なんでも今回、こうして無事に異界から帰還できたのは姉妹らの母親のおかげなのである。車庫が空なのと衣舞が帰宅していないのを不審がり、交番に通報したのだそうだ。
廃屋の庭で四人が化かされた事件は町で噂になるだろうか?恥ずかしい限りだけれど、我が家に帰れることの安堵感が勝る。
「なんだか悪夢でも見ていたみたい。」
辰美が傘を左右に回転させながら呟く。
悪い魔法使いへ一番近づけたのに、結局なにも出来なかった。ただ手の上で転がされていただけのような気もする。加えて式の言っていたことや、あの少女が何者なのかも-真相は掴めなかった。
「何も…分からないままでした。」
「ん?」
「いえ…今日起きた出来事も、これまで起こった不可解な事柄も。」
「うーん。そうよねえ。スッキリしないけどさ。今日はもう、たくさんだよ。それに、ほら、緑さんのお陰で見つけられたじゃん。」
ニカッと歯を見せて彼女は笑う。この生意気な笑みも、もう見納めになるのか…。感慨深くなって、不器用に頬をゆがめた。
「あ!あー!み、ミドリさん笑ったっ?!笑ったでしょ?」
ハッピーエンドです。




