イズナ使いの異聞奇譚「式」
導いていたイズナがふいに止まり、辰美の項…定位置に戻った。
「誰かいるの?」
ぼんやりと人のシルエットがあるような気がする。すると衣舞は携帯を取り出し、ライトをつけた。
一寸先は闇。まさにそのような空間に何か、光を反射した「モノ」がある。光沢のある何か、薄く浮かび上がる何か。じっと目を凝らすと、ソレは人の形をしていた。
事件の被害者が通っていた高校の、または道祖神の前にいた死体の如し少女が着ていた制服だった。
「明朱?明朱なの?」
二つ結びにした髪が振り返る際に靡く。衣舞に似た幼顔がライトに照らされ、明朱であると証明した。
傷一つなく、窶れてもいない。まるで昨日今日迷い込んだかのようで、現実離れしてもいる。
「良かったっ!明朱、怪我はない?」
携帯を乱雑にポケットに押し込み、姉が妹に駆け寄った。手をとり、今にも抱擁せんばかりに。
「お家に帰ろう!」
「ソイツ、明朱じゃないよ。」
感動の再開に水を差したのは─友人であり、一緒になって喜ぶはずの辰美だった。あろうことが明朱を睨みつけ、後ずさりした。
「え…。」
明朱の姿をしているが―違う。辰美の言葉通り、双眸は血を垂らしこんだ赤色が暗がりにぼんやりと発光している。イズナと同じだ。
奴は人ならざる者。衣舞の妹ではない。
「気づいたんだ?…そこの女―その目、潰してやろう。」
にたりと幼顔が獰猛な笑みを浮かべる。唇から覗く鋭い歯が疑問を確信にする。
「手を離してっ!」
「えっ」目を丸くした衣舞に辰美がタックルをかました。
一緒に倒れそうになったはずの明朱は-微動打にせず、その場に存在していた。実態感を感じさせぬ佇まいに三人は凍りつく。
「ふむ。毒虫の臭いがするのう…呪術師がいるのか。」
時代錯誤な口調でこちらを視線で射抜き、ねめつけた。
「何言ってるの?明朱…?」
状況が読み込めない衣舞が妹だと信じて語りかける。しかし「妹」は緑をターゲットにしたまま、気にもしない。
「人ならざる者が見える者に、呪術師。…ヤツらも見境がなくなってきたか。片腹痛いわ。」
「あんた、呪術師とかよくわかんないこと言ってるけど何者?」
「吾輩か?吾輩は従う者。それだけじゃ。」
従う者。
(まさか上位の使い魔か?)
かつて魔法使いに使役される神霊や精霊、魔がいた。今のご時世、それらを支配し操る術─使鬼神法を使うのはご法度になっている。かの使鬼神法が形骸化したのが憑き物であり、衣舞のように苦しんでいる者もいるのだ。
「従う者って…」
辰美が眉をひそめ、さらに警戒した。
「吾輩は呪術師が嫌いじゃ。我々神霊─魔を束縛しなおかつ行使し、我々を貶める。真似事をして我が物顔でふんぞり返る-毒虫めが。」
明朱の輪郭がぼやけていき、徐々に背が縮んでいく。不思議な高貴な紫色の衣に身を包んだ──下げ角髪の子供。髪飾りの錆び付いた鈴がジャラリと音を立てる。
この世の者でない雰囲気と血のような双眸。人ならざる者だ。
子供は静かに足をずらし、何かのステップを踏んだ。
(マジカルステップ!くそ!先手をとられた!)
暗闇を突き破り縄が張り巡らされた。網目状に張り巡らされたのはしめ縄。この場から逃げられないと悟るのに遅れた。
「緑さんっ!」
自分だけが隔離されたのを、辰美の声で気づいたのだから。
「呪術師めが、吾輩らのテリトリーに入るなど愚行でしかない。そのままちぎれてしまえ。」
再びマジカルステップを踏まれ驚愕する。魔自体が魔法を行使するとは─。
この魔はイズナのような魔ではない、さらに上位の存在。式だ。
感想待ってます。
久しぶりに短めになります。そして本編の登場人物が出てきました。




