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融解する境界線は 3

 ボロアパートの階段は今にも抜け落ちそうで、耳障りにカツンカツンと硬い大きな音をたてた。


「ただいま。」

 ドアを開けると闇がおしよせる。辰美はのそのそと部屋の電気をつけると、小さいテーブルに菓子を置いた。

 緑がくれた菓子だった。

「……疲れたな。」

 呟いて、布団にねそべる。あれから緑へ神社に行った事を話せずじまいでいた。

 もし否定されたら、自分の記憶が偽物であると揺るぎないものになってしまうような気がしたから。

 違う世界に来てしまったみたいだ。似てはいるけれど細部が異なる、異世界に。


 --パラレルワールド。


 犬人間が言った単語が蘇る。まさか、自分はパラレルワールドへ来てしまったのだろうか?

「はあ、やめよ!やめ!」


 恐怖が湧き上がりそうになり、起き上がる。(そうだ。確かめればいいんだ)

 神社に向かえば良いのだ。見水の妹を探した際に緑と二人で境内に入った。

 その際も狛犬はなかったのだ。

「なんか、もぬけの殻って感じ。」

「神社に行くと狛犬とか、そういう建物?とか…気配があるんだけど。シーンとしてるんだよね。」

「気配がない、と。」

「うん。無機質な、架空の世界にいるみたい。白い空間に映像当ててるみたいな。」

 あの時、謎の境界線は破られていなかった。中身だけが抜け落ちたみたいに、空っぽだった。あの状態を再び体感すればいい。


 --もし境内の様子が違えば、自分の記憶は嘘になってしまう。あの記憶は本物なのだから。


 立ち上がろうとした際に再び電話が鳴った。画面に『見水』と表示される。彼女が夜にかけてくるとは……。

「もしもし?どうした?」

「辰美。嫌な予感がするから、無茶しないでね。」

 開口一番に、そんな事を言われてしまいドキリとした。

「嫌な予感?」

「分からないけど、虫の知らせかな。」

「………私、今からあの神社に行こうと思う。」見水は驚いて息を呑む音がした。

「なんで夜なの?」と聞いてくる。

「それは……」

 確かに夜になってしまったが、気になって仕方がない。このまま素直にひき下がり、眠ってしまえる気にはなれなかった。

「私も行くから!」

「え、でも」プツリ、と通話が切れる。辰美は携帯を眺め、ため息をついた。「困ったなあ……。」


 しばらくすると見水がアパートにやってくる。初夏だとはいえ、山奥の夜は寒かった。上着を羽織った見水。急いできたのだろう、汗をかいて髪を乱していた。

「お母さんは?怒らなかった?」

「うん、内緒できたから。」

 自転車を押しながら、見水は笑ってみせた。神社に続く路地は暗く沈んでいる。

「無茶、しないでね。辰美」

「うん。しないよ」

「明朱がいなくなった時、無茶したでしょ。」

「少しね。」

 ねえ、衣舞。なんでそんなに--。


 辰美はそう言おうとして口を閉じた。地主神の祀られた神社はポツリと灯りをともしていた。半月のやんわりとした月明かりとは異なる、鮮烈な光。

 社殿の扉がわすがに開いているのか、灯りの筋が参道の石畳を照らしている。攪拌された光がぼんやりと何かにぶつかり、影を作っていた。

「あれ、なに?」

 見水が震える声音で呟いた。


 辰美にはくっきりと可視できる。ゆらりと、人が立っていた。

「子供?」

 影の小ささからして子供である。その影は無気力にだらりとして、ゆらゆらて揺れているように見えた。

「迷子かな?」

「こんな夜遅くに?」

「…うん。」

 自転車を鳥居の前に停め、二人は恐る恐る近づいた。


 少女だ。

 小学六年生ぐらいだろうか?幼い雰囲気を残した少女。彼女は美しい栗毛色の長髪を束ね、異国情緒のある─アジアの、鮮やかな民族衣装をきており─何故か裸足だった。

 何か劇の帰りだろうか?それとも大人にコスプレをさせられた?

「大丈夫?」

 見水が少女に話しかけるも返事はない。


 惚けている?その瞳はぼんやりとして正気の光がないように見える。

 二人は異常だと思い、交番に届けようと決意する。

「なにか事件に巻き込まれたのかも…交番に連れていこう。」

 見水が少女を甲斐甲斐しく励まして、境内から出ようとした。

「うん、自転車に乗せてあげよう。」


「……ねえ」


 一言も発さなかった少女が口を開いた。彼女はニコリと無垢な笑みを浮かべて、

「私が見えるのだね?」

「えっ」

「曲がりなりにも神である私が見えるとは、──君の目はとても美味しそうだ。」


(え?)

「どうしたの?」見水が恐怖にひきつった笑みを無理やり作る。

 どろんとした双眸が光に照らされる-奇妙な目の色をしていた。赤と黄緑-

 少女の薄い唇から獰猛な鋭い牙が覗き、空気は凍りつく。


(やばい!コイツ人ならざる者だ!)


「見水!逃げて!」

「えっ」

「あの時と一緒!コイツ、人じゃないっ!」

 咄嗟に道路へ走りこもうとしたが、視界がどんどん暗くなっていく。黒いモヤが周囲に立ち込めて方向が分からなくなる。肺が苦しくなるような冷たくも密度のあるモヤ。これは何だ?

「あそこに逃げようっ!」

 見水が社殿を指さして、逃げ込もうと提案した。バタバタと足音を響かせて明かりのついた社殿へ駆け込む。


「ハアハア……」

 電気の、文明のありがたみを切に感じた瞬間だった。辰美は扉を閉めへたりこむ。

「なによ、アイツ……。」

「あの子、神、って言ってた。」

「この神社って」

 しめ切ったはずの扉が軋みをあげ、ゆっくりと開き始める。髪を逆立て狂気に染まった子供が外で佇んでいた。

 自動ドアでもないのに何故?人ならざる者の力を思い知り、体が戦慄する。

「く、くそお!」扉の片側でも閉じようと辰美は飛びついた。

「辰美っ!」


 一巻の終わりだと覚悟した瞬間--神鏡が眩く光りだし、木像の御神体が鏡面から表れだした。聖なる光は闇を押し上げ境内中を照らす。

「この期に及んで邪魔をするかっ!」

 少女が獣びた俊敏な動きで飛びかかってきた。「ひっ!-このお!」


 辰美は御神体を手に取り、グバリと開いた底なしの、牙だらけの口に御神体へ放り込む。光が炸裂し少女は苦しみ出し後ずさった。


「行くよっ!」

 見水に引っ張られ参道を走る。やっとこ鳥居の外に出て、二人はアスファルトにへたり込んだ。

「た、助かったよね……?」

 脂汗でへばりついた前髪をどかし、辰美は息を整える。

「怖かった…。」見水もこの世の終わりのような、酷い顔をしていた。街灯の無機質な灯りが静けさを表す。

「………。」

 ふいに境内を見やると、ガリガリという不気味な音がかすかに聞こえてくる。--御神体を食べているのか。

「行こう。」


 翌日二人は緑にこっぴどく叱られたのであった。

「夜中に神社に行くなんて」から始まり「もし食べられていたら、あなた達の両親が悲しみますよ」と。

 辰美ははいはい、と聞き流し火に油を注いだが緑のある言葉で素面に戻った。


「…あの神社には地主神の他に、祟り神が祀られているという言い伝えがあります。」

「祟り神……?」見水が驚く。「やっぱり本当だったんだ。」

「じゃああの女の子って」

 あの少女は神社に祭られた祟り神、もとい怨霊だったのだのではないだろうか?


「その子供が祟り神だったとしても、そうでないにしても、人ならざる者に遭遇するような環境で神社に行こうなんて。」

「すいません。」見水が謝ると、緑はため息をついて怒るのをやめた。

「緑さんだって、私と神社に行ったでしょ。それに緑さんはその事については何も知らなかったはずじゃないの?」


 彼女はキョトンとする。「何を言ってるんです?ねぼけているんですか?」

 やはり何かがズレていると辰美は確信する。


(私と緑さんの記憶が、確かにすれ違ってるんだ。)


「……。うん。寝ぼけてるよ。」

「…はあ。まあ、次から気をつけてくださいね。行動する前に私に相談するとか」

「わかりました。」見水が馬鹿正直に頷いて、姿勢を正した。「よろしくお願いします!緑さん!」

「……?はい。」

 自らの家がアジトにされてしまったのを分からずに緑は首をかしげる。


(…なんか、今はいっか。)


 辰美は渋々、思考を停止した。あの祟り神と思わしき少女が何故あの夜あの場に現れたのか─有屋 鳥子が探している麗羅という女性は…。

 ──麗羅。視点がもう一度変わる。あの、始まりの時空まで。

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