イズナ使いの異聞奇譚「隠す結界」
「明朱ーっ!どこにいるのー!」
衣舞が声をはりあげ、忙しなく家の周りを探している。遺族が快く招いてくれた玄関は固く閉ざされ、風化しているみたいであった。
明朱からの返事はない。風がザワザワと木々を騒がせ、生ぬるさを寄こしてくる。
「白いヤツって裏にあるのかな?」
「そうかもしれません。不法侵入になりますが、裏手に回ってみますか。」
家の裏側には畑と蔵があった。家主がいた頃は野菜を栽培していたのだろう。野生化した葉物や青菜が伸び伸びと生え散らかしていた。
どちらも手入れを放棄され、荒れつつある。虫やらに気をつけながら、三人で明朱の名を呼んだ。鬱然とした針葉樹林の暗がりが目の先にある。あの先には行きたくない。
「あ!」
辰美が雑草をかき分けながら森の方へ走っていく。
「辰美っ!」
後を追う友人を宥めながら、ゆっくり進んでいくと針葉樹ではない雑木林の箇所が畑より少し離れた場所にある。
そこだけ闇が薄く、日差しが降り注いでいる。あそこに何かあるのだ。
「わっ…」
辰美に追いつくと、異様な景色に出くわした。
骨組みだけになりつつある建物が生い茂る草木に埋もれている。劣化し割れたガラスがくすみながらも、太陽光を反射していた。
骸骨めいたそれは温室と呼ばれていた物であろう。
少し離れた蔵と同じぐらいの幅があり、大きめだ。ひび割れ、隙間を作ったガラスから蔦が侵入し、かつての情景を覆い隠す。
「これよね?衛星写真に写ってたの。」
「うん、…多分。」
二人が息を飲み、立ちはだかる廃墟に怖気付くのが伝わってくる。
「明朱がいるなら…」
衣舞が気を引き締め歩み出す。
「待ってっ!…変なのよ。ここ…」
慌てて辰美が待ったをかけた。「あそこから光の線が飛び出しているの。」
温室の横に石の祠があり、雑草に埋もれかけ傾いていた。木板で閉ざされていて内側は拝めないが…祠からは光の線はでていない。彼女だけが可視できる世界の事象だ。
「神域ですか。」
「う〜ん。この前見たのとちょっと違うし、ちゃんと立ち入り禁止って書いてあるのよね。」
山神の文字を前にした途端イズナが脱兎のごとく散り散りに逃げていった。けれども何食わぬ顔で漂っている。
神域ではない?
「変な光の線なのよ。途中途中、前に見たのと立ち入り禁止のやつが混じったりしていてツギハギ。誰かが急いで補修したみたい。」
人間が読める文字を使うのは人間である。人ならざる者がわざわざ可視できない人間に対して作ったりしないだろう。
人の手で神域、いや、結界が張られた。
結界を張る自体は得意な行為ではなかった。無意識に人は異界と人界の区別化を測り、身を守ったりもする。戸であったり、線であったり、外界からの侵入を防ぐのもそうだ。
けれどこの結界はあまりにも奇妙だった。
「あの神社みたいだわ。架空の世界。それでいて白い空間に映像当てて…でも、何もない訳じゃない。尻尾を出してる。何かに覆い隠されてる。隠された何かがあるはず。」
「隠れている?」
警戒した面持ちで彼女は四方を見渡す。
「無理やり隠している…そんなふうに見える。」
結界を張り、何かを隠している。絶対に見つかってはならない-大切な物を隠したい、そんな意図が見え隠れしていた。
-私たちにはね、お互い立ち入ってはならない世界があるんですよ。
三ノ宮が言う。
神と人の関係は薄いものとなり、違う世界に住み始めた。違う世界。人ならざる者の領域―。
隠された世界に干渉するには、どうすればいいだろう?
-…けれど行き止まりを彷徨くことはできる。ヒントは与えられるんです。
行き止まりを彷徨く。ヒントを探せ。
さっきだって打開できたじゃないか-。
骨組みに残され、劣化し割れたガラスがくすみながらも煌めいている。
ステンドグラスが煌めく、ガムテープで不格好なってしまった。小窓に未だにはまっている。(だめだ、考えるんだ。)
(そうだ。ステンドグラスだ。)
割ってしまえばいいのだ。
辰美が異界の物質で一石投げたらどうなるのだろう?彼女ならできる。
異界の物質があればいいのだけれども。そんなものは-イズナだ。イズナを投げればいい。
(来い。)
心の内でイズナを呼ぶ。スエットの内側がモゾリと蠢くや一匹のイズナが袖から躍り出てきた。
感想待ってます。
結界や魔法はわたしの完全な創作なので、あしからず…。




