イズナ使いの異聞奇譚「見水家へ」
意気込んだ割りに下手くそな説明になってしまった。二人も眉をよせて、意味を探ろうとしている。
「と、いう噂話です。」
「ミドリさんの造り話じゃなくて?」
小馬鹿にした態度で辰美は言う。
「そ、そんなはずないじゃない。ネズミの話は本当だし…そうだ、明朱もそういう話を聞いたのかパソコンで調べていたわ。」
「ねえ、それ。いつぐらいに?」
「いなくなる数日前ぐらいかしら。」
本人はさして特別な出来事だと認識していなかったみたいである。こうして会話をしていなければ記憶が浮上してくこなかったろう。
「パソコンに履歴が残ってるかも!」と、いちはやく椅子から腰をあげる。
「ま、待って、何の?」
「もしミドリさんの話や願いを叶えるネズミを知っていたなら、インターネットで明朱は何かを掴んだんだよっ!」
そんな簡単にことが運ぶ?緑は青息を吐いて、頭を抑えた。探偵の真似事でもする気か?
「第一いきなり家に上がり込むなんて、衣舞さんやお母さんに失礼でしょう。止めなさい。」
「…大丈夫です。今日はお母さん、通院日だから。」
おずおずと告げるや辰美に腕を引かれ、外へ飛び出していった。
「はあ…。」
―――
どこにでもあるような田舎町である。牧歌的な、さびれた田舎の風景。ポツポツと発疹のように、分布した集落と一軒だけ近代的な洋館が山間部に存在していた。見水の家は集落にしては比較的洋風な一軒家だ。敷地は狭く、わずかにうねった道路沿いに建っている。
商店街跡地からは少し離れているが、歩けない距離ではなかった。
玄関を開け、二人を招き入れる。芳香剤の匂いが他人の家だ、と感じる。緑の自宅までとはいかないが屋内は荒れ果てていた。
壁がへこんだり引っかかれた跡がある。それ以外はごく普通といえるのかもしれない。生活臭のある家庭の風景が広がっていた。
割れたフクロウの置き物を眺めながら、母の病の深刻さに息を飲む。家庭崩壊、そんな文字が頭に浮かんだ。
衣舞はきょろきょろと母がいないか探る。リビングは先程まで人がいた気配があった。朝食の食器がテーブルに放置されている。
「良かった。居ないみたい。」
「ちょっとドキドキするよね。お母さん噛み付いてくるし。」
失礼な発言をしながら辰美も胸を撫で下ろす。彼女も変人の域にいる。他人の母親に噛みつかれても何度も訪問するなんて。
「明朱さんの部屋は?」
「私たち、子供部屋を共同で使っているんです。」可哀想だけれど、と付け足して廊下を進んだ。
「ここです。」
「いまとあすの部屋」と可愛くデコレーションされたコルクボードがドアに掛けられ、埃を被っている。
「お邪魔しまぁす。」
辰美が無礼にもドアノブを捻り、部屋に入っていった。
勉強机に二段ベッド、アイドルのポスターや有名キャラクターのぬいぐるみなど年頃の女子がいる部屋といった所だ。荒れ果てた屋内の中でこの空間だけが平生を醸し出している。
スクールバッグが勉強机に放られたまま-明朱は着の身着のまま出ていってしまったみたいである。
「で、これがパソコン。」
「うん。お父さんが置いていったの。」
チェアに座り、手際よくパソコンを起動させる。今の薄型化した物より少しぶあついが、あの箱型ではなかった。
「私はネットサーフィンしないし、レポートを書く時だけ貸してもらってるから。…履歴は消されてないと思う。」
デスクトップには可愛らしいキャラクターの壁紙が設定され、明朱仕様になっている。ブラウザを起動し、履歴を表示させた。
「ん、何これ。」
辰美が目を丸くして、画面にずいと顔をちかづける。
「なにかしら、これ。IPアドレス?」う〜ん、と首を傾げる。
「IPアドレスってなんですか?」
聞きなれない言葉に緑は腑に落ちない顔をした。
「住所のようなもんよ、ネットの。」
「 へえ…」そんなものがあるのかと感心する。時代の流れから取り残されていたとは自覚していたが…。呪文みたいだ。
履歴には数字の羅列が何度か検索された痕跡があった。電話番号のような規則性はなく、ただの羅列にも思える。
「これ…何かの暗号じゃない?」
感想待ってます。




