イズナ使いの異聞奇譚「ネズミのはなし」
空元気ともとれるテンションでバシバシと背中を押し、しんみりした空気を吹き飛ばそうとする。
「…数週間、私を探し続けてくれるなんて、ありがとう辰美。」
「あははっ。朝飯前よ!」
(この人は…)
空気を読んでいないようで敏感に読み取り反応する。だとしたらヘラヘラしているのも演技なのか。辰美という女は、以外と普通なのかもしれない。
「それにしても女神とか、魔女とかこの町って変な事ばかりね。」
さして変な事ではない。魔女だって神だって―どこの地にも、居たとされる伝承があるはずだ。
彼女が生まれ故郷だという東京にだってあるはずである。情報に埋もれているだけで。
「緑さんを魔女だと思って頼みに行ったのは本当ですよ。」
「私は魔女じゃない、普通の人です。」
だが噂話を本気にするのはいただけない。
「じゃあ、何故イズナを使役しているんですか?魔女じゃないんですか?それって。」
「私は…」緑は何も言えなくなる。イズナは呪い―魔法によって操れるのだから。
どこまでが魔法なのか?どこまでが憑き物筋の「副作用」なのか?
イズナは魔法で動いているわけではないのも把握している。ただイズナ使いの元を正せば魔法に行き着くのも、知っていた。
「わたしは魔法使いなんかじゃ…。」
「つーか現実に魔法使いなんているの?それよりさ、またここに来ていいかな?」
「作戦会議にですか?」
部屋に上がらない分ならまだ許せる。どうせ客足は遠のいているのである。
「ここをアジトにしたいんだ。」
「アジト…?」
「ミドリさん家を拠点にしたい、んだけど。」
「遠慮します。」
確かに二人に協力している自覚もある。妹だって、本当は見つかって欲しいと思っている。だが、辰美の提案に頷くほどお人好しでもなかった。
こちらにも日常生活があるのだ。
冷たいけれどこれ以上の負担は緑にとって、十分に心をざわつかせた。一度クールダウンしたいものだ。
「捜索本部が必要でしょ?私たちが警察の代わりにならなきゃ。」
「…警察の代わり。…私は何も力になれませんよ。今までもそうでしたよね。」
「あたしたちで見水を見つけたじゃん!ミドリさんがいなければ、今頃…」
衣舞が苦しげな気色をしているのを見て、辰美は口を噤んでしまった。重苦しい沈黙が店内に流れる。
「…今日は、話し合いましょう。これからどうすべきなのか、の前に頭を冷やす。そうしましょう。」
「うん。」
パッと明るい面持ちになり、いつもの生意気な調子に変わる。
「そうよね。探すことだけに集中してちゃダメ。他にヒントがないか、考えないと…。」
「ヒント…あ。」
友人がポンと手を叩く。何か「ヒント」が浮かんだみたいだ。
「そう言えば…明朱、家に大きなネズミが出たって騒いでたかも。見間違いだよって宥めたけど…もしかしたら、噂の大きなネズミだったのかしら。」
「えー、っと。見水さん?」
「あと、願いを叶えるでっかいネズミの噂話があるの。」
願いを叶える…。
(悪い魔法使いは願いを叶えるだろうか?)
大きなネズミはあの話と無関係ではないのだろう。
-巨大なネズミがいると最初は思った。緑だって目撃した時はそう見えた。我が家の家宝、イズナの法を盗もうとした。
犬神。彼女たちの家にも犬神を形作る「元」があるはずだ。
あれが件の魔法使いなのなら、この考えは確かなものになる。
明朱は悪い魔法使いに出会った。
ネズミを使役して家庭内を探っていた可能性もある。犬神に困っていることも存じたかもしれぬ。それを踏まえ-願いを叶えてあげる。そう誘惑をかけた-なら、衣舞にそう伝言するだろう。
(問題は悪い魔法使いをどう彼女たちに、全貌を明かさずに伝えるかだ。)
「ネズミってそういうイメージないんだけど。それ、本当なの?」
「分からないわ。明朱が言っていただけかもしれないし…、ミドリさんは知っていますか?」
「知りませんね…ネズミが最近悪さをしている、とだけは聞いたことがあります。」
二人はあからさまにがっくりした。これからが正念場だ。
「家畜や愛玩動物を襲ったり。ネズミに噛まれるとおかしくなってしまいボケてしまったり、挙句には亡くなってしまったり…」
「えっ、何それ。怖いんですケド!」
辰美が本気かフリか、大げさに怖がってみせた。三ノ宮が話していた言葉を選びながら、話していく。
「それはただのネズミではなく、何者かが操っているらしいのです。ソイツはネズミの姿をとる、悪いヤツなのだそうです。そう、近所の人が言っていましたよ。ソイツは人の命たと私のような憑き物を狙う…へんてこりんな怪人がいるという話です。」
感想待ってます。




