イズナ使いの異聞奇譚「うわさのはなし」
あれから二日がたった。警察が言った通り防災無線が流れ、エコーを残して消えていった。
「―野良猫、最近見なくなったわねえ。どこに行ってしまったのかしら?」
ご近所さん同士が井戸端会議をしている。シャッターを開けながら、聞き耳を立ててじわじわと侵食するが如し町の異変を感じ取る。
猫が来ないと、自分が辛いんだ。
あの少女が否が応でも思い浮かんだ。キャットフードを眺めていたあの情景が何故か鮮明に蘇る。
野良猫の盛りのついた鳴き声がそう言えば聞こえなくなった。良いことなのか、または危機なのか判断はつかないけれども。猫は見かけなくなったのは確かだった。
(猫を食っていたのではないだろうな…。)
馬鹿馬鹿しい考えを押し込め、ご近所さんたちに挨拶をする。あちらも快く返してくれた。
(何が辛かったのだろう?)
猫が来ないと辛いのは―空腹だから?また変な思考を。
そういえば隣町の僧侶から見つかった遺体のことを聞きましたよ。その様子はまるで獣に食い荒らされたみたいだったとか―。
三ノ宮の言葉。
あの少女は、まさか本当に遺体から服を剥ぎ取ったんじゃないか?そしてガブリと遺体に食いついて…。
人ならざる者としての本性を現したのでは?
(寝ぼけているんじゃなかろうか…ああ、やめやめ。)
あれから彼女は現れなくなった。夢幻のように。
まるで事件への不安や非日常感への恐怖の化身のような、あるいは被害者の死体の如し娘だった。
摩訶不思議な体験をピークに、緑を取り巻く非日常は収束したかに思えた。
残念だけれども妹は見つけられなかった。後は警察と運に任せて、待つばかりだ。
店の支度は終わった。サンダルを脱ぎ捨て、怠惰に身を預け店番を放棄する。
「おはようございますぅ。」
居間でテレビを見ていると聞き覚えのある声がした。めんどくさいけれども、腰を上げ店に出向く。
辰美と衣舞がガラス戸をスライドさせ、入ってきた所だった。
イズナがふわりと辰美の項あたりで浮遊する。我が物顔で取り憑くイズナを睨みつけると、奴はそろりと陰に隠れた。
「睨まないでやってよ。案内してくれたんだし。」
「頼んでもいないことをするなんて、はた迷惑でしかないです。」
「もしかしてミドリさんの本心かもね~?」
呆れてものも言えず居間に戻ろうとする。戸惑っていた衣舞が声をかけてきた。
「いきなりきてすいません。迷惑だったら帰ります。」
「何言ってんの!あたしたちで決めたんじゃん。作戦会議しようって!」
「作戦会議?」片眉を上げた緑へ手に持っていた物を慌てて突きつけてきた。
「これ、受け取ってください。」
有名店の菓子折りを差し出してきたのだった。隣町でも手に入らない―わざわざ都会に出向いて買ったものである。
「…ありがとうございます。」
受け取らない訳にはいかない。彼女の謝礼を無碍にはできなかった。
「当然でしょ~、二人で選んだから~。」
「辰美ぃやめてよっ!」 口を塞ごうとする友人を俊敏に避けながら、ニヤニヤしている。こう見ると二人の友好関係は良いのかもしれない…いや、変人に良くも付き合ってられるものだ。
「明朱ちゃんを捜索する作戦会議をしよう!ってワケでミドリさん家にやってきました、のです。」
「…あきらめてないのですね。」
「もちろん!何としてでも明朱ちゃんを見つけ出しますよぉっ!」
気合いを入れた辰美にこちらは脱力したくなる。無謀にも程がある。
「私は、ミドリ…さん?に謝りたくて。」
「とにかく…どうしましょうか。部屋は汚いですから…そうですね。」
売り物のテーブルであるが、祖父の代からあるので今日から非売品とする。椅子も…非売品としよう。それを囲み、二人は椅子に座った。
冷蔵庫にある麦茶でも出してやろう。衣舞にはそうするべきだ。
「なんかそれっぽい!」
「ありがとうございます…辰美のわがままきいて。」
女子大生たちの反応を見ながら、緑はテーブルに麦茶を置いた。
「この人のノリに慣れてきましたから。」
「なんかひどぉい。」
ムッとした辰美は何かを思い出したのか「あっそうだ。噂話なんだけどさ。」
「噂?」
「うん。会議とは関係ないんだけど、野良猫が減ってかわりにネズミが出るようになったんだってさ~。それも大きいのなんの。」
ご近所さん同士が井戸端会議で野良猫が減ったのは存じている。
「ネズミが?」ネズミ―悪い魔法使い。
―加えて奴はネズミの姿をとりましてね。
三ノ宮の言葉が脳裏に響く。大きなネズミが出没するのはあの話と無関係ではない気がする。でもそれを確信へと導く事実が足りないのである。それを突き止めるのは自分でないのも。
「…それだけなんだけどさ。私思ったのよね。猫、食べられちゃったんじゃないかって。」
感想待ってます。
最近解説用語を書いてないです…分からない用語があったら、教えてください!




