融解する境界線は 2
「有屋さま…。」
「大丈夫よ。」
「魔法使いって…。悪い魔法使いの仲間?」
魔法使い。テクノロジーが発展したこの世界に存在しているのが信じられないが、越久夜町には"悪い魔法使い"がいる。彼女も魔法使いでも何ら不思議はないのだ。
「あら、悪い魔法使いを知っているのね?」
心外そうに有屋は片眉をあげる。
「悪い魔法使いが町を荒らしてるって、私は知っているけどそれと干渉者は関係あるの?」
「干渉者についても知っているとなると、怪しくなってきたわね。」
口走ってヒヤリとする。言わなくても良い余計な事を喋ってしまった。
「あ、いや!実は夢でっ………あ〜えっと、とある人に教えてもらったんだ。笑われるかもしれないけど、私に似た干渉者ってヤツが時空を破壊するとか、なんとか……へへ。」
ゴニョゴニョと口ごもった辰美に
「誰にそんな機密情報を教えてもらえるのか不思議だけれど、確かに貴方に似た存在が越久夜町の時空を破壊しようとしているわ。辰美さん。」
「そ、そりゃあ……っ……信じられないよっ!私が時空を破壊するとかっ!有り得ないしっでもライラって人が--」
「麗羅が接触してきたのね?」
今まで冷静だった有屋の気色が一変する。冷淡な表情だけを浮かべてきた顔が焦りと希望を含んだ。
(この人…。)
「麗羅は-彼女は無事だった?どんなふうな姿をしていた?」
「セーラー服を着ていました。」
「そう…相変わらずね。よかったわ、それだけでも知れて。」
ホッと胸をなでおろした様子に辰美は不格好な笑みを作る。
(いや、それだけで安心するんだ…。)
コスプレイヤーとして名高いんだろうか?変わった人だったのは確かだ。
「麗羅…を。私は彼女を探している。生き別れてしまってから、ずっと探しているのよ。」
スーツのポケットから似顔絵を渡してくる。(うわ…)
下手くそを通り越して線と曲線のアート作品みたいである。
「あ、あはは。まさしくこんな感じだったかも」
「またあの子と会ったら、私に連絡して欲しい。必ず彼女へ会いにいかなければならないから。」
加えて名刺を渡され、握手される。
「え」フワッと体が浮遊したような、奇妙な感覚に襲われる。気のせいかと訝しがるもそれはすぐに消えていった。
「………?」
自らの手を見るも何もなっていない。気の所為だったのか?
「たまにネーハを寄越すわ。干渉者が来たら貴方を真っ先に殺めると思う。それは避けたい、この時空は何か解決の糸口になりそうだもの。」
彼女の豹変ぐあいを見るに、麗羅へかなり信頼を寄せているようだ。良かったような、そうでないような…。
(え、真っ先に殺されるんかい!)
「よろしくお願い致します。」
ネーハが礼儀正しくお辞儀をする。
「あ、うん。よろしく。あ、私も電話番号教えた方がいいですか?」
「要らないわ。魔法が使えるから。」
「はあ…。」
何かあったら、麗羅に会ったらこれで電話してと念を押される。
「じゃあ、私はそろそろおいとまするわね。」
そう言うと有屋はネーハを引き連れて、商店街の表通りへ歩いていった。残された辰美は壁によりかかり、息を吐く。ドッと押し寄せる疲れ。
「何だったんだろう。」
袖の隙間から顔を出したイズナに苦笑する。
「そうだ、戻らなきゃ」
―――
「戻ってきたよー」
ゴミ屋敷と化した居間で緑はすやすやと寝息を立てて寝ていた。
骨董屋の表側は辛うじて整ってはいる(ただし骨董品で溢れかえっている)が、生活スペースはさらに物でごった返している。たくさんのゴミや物が廊下に置かれ、辰美は足場を探しながら歩くしかない。
堕落し呑気に寝ている店主。いつもそうやって一日を過ごしているのだろう。座布団に寝そべり、惰眠を貪るのはいいけれど-仮にも客人が来ているのだが…。
「緑さん、遅いから寝ちゃったよ。」
見水はお茶とお菓子をつまみながら、辰美を待っていたらしい。彼女は見水 衣舞。セミロングのお淑やかな雰囲気を纏う、けれどもどこか抜けた親友。──大切な親友。
平穏な日々を送る彼女の顔を見たら、あの奇妙な会話の余韻を払拭できそうだ。
「ごめん。めっちゃ疲れた。」
ゴミをどかして地面に座り込む。
「さっきの人だれ?知り合い?」
「全然知り合いじゃない。変な人。」
「それやばくない?脅されたりしなかった?」
「大丈夫だった。でもなんかなあ……」
現実味のない出来事にまだ頭がふわふわしている。自らの夢に出てきた神様である麗羅という女性が実在している、というのが未だに信じられないのだ。容易に信じる、というのはあまり賢い生き方ではない。
「お祓いに言った方が良いんじゃない?」
ポテトチップスをつまみながら彼女は言う。
「お祓いぃ〜〜?何も憑いてないのに?」
「気持ちの持ちようだよ、所詮」
「えーっ。そうなのかな。」
「いつも辰美って何が起きてもへっちゃらじゃん。それがゲッソリしてるなんて、いつもの辰美らしくないよ。」
(いつもの辰美、らしくね。)
「あんた、私をなんだと思ってるのよ。」
「奇人変人。」
そう言われて辰美は自嘲するしかなかった。
「越久夜町もおかしくなってきてるから、気持ちも影響されてるんじゃないの?」
「あの狛犬の話?」すると見水は
「その神社があった近くに小さな塚があったんだけどね。祠があったはずなのに取り壊しちゃったんだって。」
見水がお菓子を食べながら「すぐねぇ、駐車場になったんだよ」と付け足す。田舎町の噂話の出処は眉唾ものではあるが、何かしら真実があって広まっていくのだろう。
余所者の辰美には越久夜町の歴史はちんぷんかんぷんであった。
「塚?あー…確かになんか盛土みたいなのあったわね。」
「あの塚、町を守ってくれる神様がいた場所なんだよ。おばあちゃんが昔言ってた。」
塚を駐車場にしたせいではないかと見水はいう。あの塚は昔、怨霊を見張っていた祠があったとか。
町からしたら良くない噂なんだろう。塚や狛犬が壊された今、何かが開放された─なんて。
「怨霊、ねえ。」
「ま、定かじゃない噂というか、言い伝えだから。しかもどんな怨霊なのかも分からないし、おばあちゃんたちの作り話かもね。」
「ふーん。」お菓子を頬張りながら頷いた辰美に、見水が言う。
「だから、あんまり思い詰めない方がいいよ。ホントにやばかったら、私たちに打ち明けて。」
「ありがとう。」