イズナ使いの異聞奇譚「人ならざる者が視える眼」
夜が更け、肌寒さを感じる。薄暗い廊下で緑は電話帳を手に三ノ宮の寺院へと電話をかける。
受話器越しに呼出音が数回鳴ると、三ノ宮が出た。
「ああ、緑さん。こんばんは。」
「こんばんは。神社に行ってきました。それと見せたいものがあります。」
「ええ…見せたいもの?」
歯切れの悪い返答が―こちらが神社の状況を本当に調べてきたのかと―疑いが現れている。
「はい。どこでみせれば良いでしょうか。」
「そうですねえ…わたくしが緑さんのお宅に伺います。」
この汚らしい家によく来たがるものだ。緑は渋ったがあちらは
「わたくし単独の行動なので、関係者には知られたくないのですよ。あちらはもう書斎を頼るしかないと、それしかないと譲らないのです。わたくしが説得してもダメでした。」
頑固頭の魔法使いたちに呆れ返るしかない。確かに緑の提案も呑めるようなものではないけれど。
「意外でした。あなたが彼らの考えに従わないとは。」
「緑さんが怒ってまで、書斎を守りたがっている。それにあなたの方法とやらを聞いてみたいと思いましてね。」
「ええ。」三ノ宮に対して苦手だと思っていたけれど、なかなか良い奴じゃないか。
「では、明日伺いますので。」
「はい。」受話器を置き深呼吸をする。
明日で母と祖父が築き上げた聖域が踏み荒らさるか、否かが決まる。納得しない内容かもしれぬ、こちらの切り札はこれしかないのだ。
翌朝、インターホンが鳴らされた。玄関から来客がくるのは久しぶりで、寝ぼけながらもドアを開ける。
「朝早くすいません。」
三ノ宮がこちらの有り様をみて苦笑した。
「すいません…何も用意していなくて。」
「いいのです。こちらのわがままですからねぇ。…どうしますか?玄関で話しましょうか?」
「はい。お上がりなさって。…ちょっと待ってください。身を整えますので。」
玄関で会話とは都合がいい。緑は慌てて洗面所に向かい、歯を磨き髪を整える。居間にあったメモ帳を手に、三ノ宮の元へ駆けた。
「待たせましたね。」
「いいえ。こちらこそいきなり申し訳ございません。」
二人揃って頭を下げるのは滑稽なほど。
「では…神域は破られておりませんでした。なのに神使はいなくなってしまったようで、もぬけの殻になっていました。」
「ううむ…信じられない話ですね…。」
袈裟を正しながら三ノ宮は唸る。
「普通はそうなりますよ。けれど、私と同行した者…彼女は人ならざる者が視える目を持っていますから。彼女が教えてくれました。光の線が鳥居に張り巡らされている、謎の文字が書かれている…そう言っていました。」
そう話し終えた時には寺の跡取り息子の様相は変わっていた。驚愕で息を飲んでいる。
「異形がみえる…そんな者が本当に存在するとは…」
「そんなに稀有な存在なのですか?」
「ええ。太古、人間は誰しも異形や神を見る眼を持っていました。神と人は密接な関係を築き、神託を得、生活していたのです―」
ある時から神と人の関係は薄いものとなり、違う世界に住み始めた。そのせいか人は摩訶不思議な存在を可視できなくなってしまった。人ならざる者への恐怖や畏怖も、忘れ去られてしまったのだ。
「要約すると先祖返り、というわけですか。」
「はい。もし言い伝えが本当ならば、の話ですが…異形が視える目を持つ者は教祖やまたは祭司などになり、人々を導く素質があると言われていますから…もしや、緑さん。」
「彼女は大学生ですよ。」
大金を叩いて教祖や霊能力者に頼みに行く余裕はない。
「はあ…」
顎に手をやり、彼は思索しているようだ。緑はなるべく丁寧に辰美と出会った時のことを話した。占い師をしており、自らを超能力者と勘違いしている。自信過剰ともとれる年頃の女子大生であるとも。
すると三ノ宮ははきはきとした口調で忠告してきた。
「いいですか?絶対にハンターや人智を超えた上位の存在に彼女を会わせてはいけませんよ?」
「ハンター?」
「はい。珍しい物やマジックアイテムをハントする輩のことです。ハンターからのバイカイは魔法使いやコレクターにとっては闇になりますがね…。ともかくその子の眼は喉から手が出るほど希少価値がありますから、欲しがる者が沢山います。ハンターどもに抉り取られるでしょう。」
そこまでして手に入れたい「代物」を辰美は持ちえているのか。あの性格なら特性を周りに吹聴するやもしれない、というかしていた。
いつ目を奪われてしまっても不思議はないのだ。
(注意しなければ…。)
「加えてその目は異界とこの世界の隔たりを乱してしまう。我々にとっても、異形にとっても危険な影響をもたらす。―大それた言い方になりますが、そうなってしまいますね。」
「そんなに恐ろしい眼なのですか。」
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