イズナ使いの異聞奇譚「二人で神社へ」
二人で町に唯一の交番に向かい、捜索願いの手続きをしたいと訳を話した。最近起きた事件と関連性があるかもしれないが、いきなりは動けないと。
また動きがあったら親に連絡する。そういう話になった。
辰美によればまだ衣舞は帰ってきていないらしい。大学も欠席扱いになり、単位が危ないのではないかと心配している。
「行方不明になったって言っても、教授たちが信じてくれなくてさ~。私ってどんだけ信用されてないんだか…。」
オーバーリアクションでがっくしする彼女も疲労困憊しているみたいだ。友人が居なくなったのはもちろん、友人の母が精神に異常を来たし、暴れているのだという。
「なんかもーバケモノみたいで、歯ぁむき出してガブッと。腕噛まれちゃったわ。」
ガーゼを見せつけて呆れ笑いを浮かべた。
「犬神憑きと関係があるのかもしれないですね。犬神に憑かれると、犬のような奇行に走るらしいですから。」
「確かに…お母さん、犬になっちゃったの?」
犬のように四つん這いになったり、暴れたりするのが犬神憑きの症状である。狐憑きに類似している。
「完全に犬にはなりませんよ。お母さんは人ですし。犬になってしまったら、突然変異だと騒がれてしまいます。」
「いやぁ…狼男みたいになっちゃったら反対に感心しちゃうよ…まあ、それはそれで、交番の人も親身に聞いてくれてよかったよ。」
「捜索願いが受理されればいいのですが…。」
坂道を降りながら二人はしばし無言になる。またふりだしに戻るかもしれぬ不安を辰美は抱いているだろうし、最悪の事態になってしまったらこちらも自責の念が残る。
「これからどうしようかな。ミドリさんは?」
商店街の道にさしかかった折に辰美が言った。錆び付いたホーロー看板が打ち付けられたバス停留所の前だった。
「神社に行きませんか。」
「えっ、神社?安全祈願とか?」
「光の線がなんなのか分かるかもしれないんです。」
「別にいいよ、分からないままで。」まだこだわっているのか、とムッとされる。
「確かめたいんです。…あなたの目が、必要なんです。」
衣舞の気持ちを少し理解出来る気がする。これに賭けるしかないのだ。けれども緑は断ってしまった―どんなに酷な仕打ちか。
「…そんな顔しないでよ。いつもみたいに無表情で言ってくれなきゃ断れないじゃん。」
「そんなひどい顔してましたか。」
「いや、ヒドイっていうか。…まあ、神社にいったら安全祈願もしてくわ。」
「ありがとうございます。」
素直に感謝を告げると彼女は照れくさそうにニカッと笑うった。
―――
八ヶ岳に比べたら町を囲む山々はとても小さい。平地が広がる都会から離れた辺鄙な田舎に高層ビルはないが、中ぐらいのビルと同じぐらいだろうか?
薄もやがかかった山々を背景にポツリと神社が建っている。御神木に守られ、住宅群から距離を置いている。
中規模の神社だ。何千年も昔からある由緒ある神社であると書斎の資料にあった。主祭神は土地を守る地主神であり、町(という土地)を守護しているのだそうだ。
もし悪い魔法使いが神域を破り狛犬を粉々にしたのなら、光の線は千切れ無惨な状態になっているだろう。「線」が神域だと確認できれば、町全体に張り巡らされている神域もしくは結界がほつれ、魑魅魍魎が侵入している事態になる。
異界が変異し、人間に牙をむく前になにか手だてを…。
(私には大役すぎる…多分、私ではない―三ノ宮やそちらの方面が担う問題だ。)
大晴の空の元、石鳥居はどっしりと構えていた。
「あ!鳥居に張り巡らされてる。警察のテープの規制線みたいなやつが…。」
「何か書かれていますか?」
「うん。あの文字だ、山で見た文字と同じ。」
指を指した空間を仰ぐ。…青空が広がっている。
「試しに紙に書いてくれませんか?だいたいでいいので。」
小さなメモ帳をポケットからとりだし、辰美に手渡す。
「えっ、書けるかな。難しそう。」
「忠実に再現しなくていいですから。」
「うーん。無理そうだったらやめるわ。」
鉛筆を手に辰美はスケッチをはじめた。たどたどしく腕を動かしながらゆっくりと書いていく。
「ん、書けたかも。」
そんなに時間はかからなかったが彼女は相当な気力を使ったらしい。疲れ果てた顔をしている。
「おお。」
メモ帳にでかでかと書かれた形。神代文字とされているどの文字ともつかぬ奇妙な形である。
「これが線にびっしり書かれてるの。」
警察の規制線…バリケードテープに似たものなのだろうか?人は通れるのだから改札に近いのだろうか?神域だと周囲に知らせるだけの役割なのか?
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