イズナ使いの異聞奇譚「書斎」
「狛犬が粉々になるなんて、重機で押し入ったのですか?」
ATMを重機で持ち去る強盗犯はいるが…。
「いえ、そのような跡形はなく。狛犬だけが粉々に…。」
「おかしな話です。本当に人の仕業なんでしょうか?」
「何言ってるんですかぁ。石でできた狛犬を壊すことが出来るのは人しかいないでしょう。」
物質に干渉できるのは人間しかあるまい。それは最もな話だ。以前なら狛犬は悪い魔法使いに破壊されたのだと、同意するだろう。緑は思考が変化させられたのだと自らに驚く。
人ならざる者をみる目を持つ辰美と出会い、少しの間に視点がずれたのだ。些細なずれである。
ちょっとだけ人の世界から認識がずれだだけ。
「悪い魔法使いはなぜ神域を壊して…」
―なんか光の線がちぎれて、そこからいろんなのが町になだれ込んでるのよ!
あれは神域だったのか?いろんなのが、魑魅魍魎が町になだれ込んでいる―ほつれが、既に。
「それがよく分からないのですよ。どうやって神域を破壊したのか、町の神域を知ったのか。私どもでさえ異形に教えられなければ知ることはなかったのに。」
もしや辰美と同じ「目」を持っている?
「加えて奴はネズミの姿をとりましてね。」
「はあ…。」
「奴は家畜や愛玩動物を襲ったり、または人間を齧ったり…。噛まれるとですね、奇行に走った挙句ボケてしまい…最終的に亡くなってしまうのですよ。」
「前者はなんとなく分かりますが、それは悪い魔法使いのせいではなくて、感染症ではないでしょうか…。」
感染症。どこかで耳にした話である。
遺品整理の依頼で感染症の疑いで亡くなってしまった老人がいた。親族とは別に山奥に住んでいた。ネズミに噛まれ、何やら老衰か感染症か亡くなってしまった、と。
「まさか…あれは悪い魔法使いのせい…。」
「心当たりがあるのですか?町でも騒がれていましてね。野生動物に触らないようにと、自治会で注意喚起しようと動き始めた所なのです。」
彼の家は町の第二勢力である。自治会にも呼ばれるであろう。それに加えて影響力もある。
「町のために尽力しているのですね。」
「そうとも言えます。まあ…親父のなせる技ですよ。」照れくさそうに三ノ宮は言う。邪な考えで動いているわけではないと緑も理解しているが―苦手なのは変わらなかった。
「本題に入りますけれども、あなたに極秘情報を教えたのは頼みがあるからです。」
「はい。なんでしょう。」
かしこまり寺の跡取り息子は頭を下げる。
「おじいさんの書斎を少しだけ貸してはいただけないでしょうか?」
裏庭にある書斎。祖父と母の知識の結晶。それを貸せと?
「少しだけです。少しだけ我々で…」
「我々?」
三ノ宮だけならまだしも「我々」―町の魔法使いどもに?
聖域や大切にしている宝物を汚される嫌悪感がわく。生前祖父を良く思っていなかった人もいるはずだ。
「嫌です。」
「お願いです。…町の運命がかかっているのですよ?」
「お断りします。」
「緑さん。」
この町の異変が大事になるのは許せない、けれど魔法使いらに書斎を踏み荒らされる気は毛頭なかった。フツフツと心の奥底から怒りが湧き上がってくる。
「あなたにとっても―」
「お前らは私が独り身になった時、助けやくれなかった。こうして居られるのは商店街の人たちのおかげだ。お前らじゃない!薄情者めがっ!」
「ヒィッ!」
「だいたい面を下げるべきなのはお前の父や頭役だ!小賢しい!」
近くにあった陶器で奴の頭をかち割りたくなった。己の危機を察知したのか、三ノ宮が慌ててガラス戸に飛びつく。
「ごめんなさいっ!僕はただっ!ごめんなさい!警察呼びますよぉっ!」
イケメンと持て囃される顔面をくしゃりとさせ、腰を抜かしたあまりの化けの皮が剥がれ様に、情けなさに、なんともいえぬ気持ちになった。「…。」
「女性の怒鳴り声が大嫌いなんです僕!分かりましたっ!二度と書斎のことは言いませんから、やめてください!―でもどうすればいいんですかぁ。親父にも怒られるし、姉さんにも…。」
しょぼしょぼと萎んでいく彼をどうしていいかと悩む。無様だと嗤うのも可哀想だと哀れむのも、こちら次第である。
ただ今後なめてかかられてしまうのは避けたかった。
「私には神域が壊されてるかを確かめる手立てがある。だから、絶対に書斎は使わせない。」
「へ?どうやって…」
きょとんとした三ノ宮に緑は無表情のまま言い放つ。
「あなた方が求めている知識よりも確実な方法です。」
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