イズナ使いの異聞奇譚「憑き物」
衣服を掴まれビクリとする。パーソナルスペースに侵入されなおかつ触られるとなると、耐えられない。押し戻し、距離を置いた。
若者は拒絶されたのだと思ったのだろう。
「お願いしますっ!」ズイとさらに近づいてきた。
「分かりました、とにかく!落ち着いてください。」
売り物の椅子をなりふりかわまず差し出した。埃をかぶり座れたものじゃないが、彼女はこくりと頷く。
「あ…座ります。」
「どうぞ。」
来客は正直に椅子に腰掛けた。興奮して息が荒いのを必死に噛み締め、泣くのを我慢している。人がここまでなるのは相当な事情があるのだろう。
「私は魔女でなくて、骨董を営む-緑と申します。」
「緑さん…。見水 衣舞といいます。隣町の大学に通っています…。」
御丁寧に学生証まで見せてくれた。見水 衣舞。証明写真からして本人である。隣町とこの町はかなり離れており、(ここよりは)栄えている。また学園都市として町興しをしていた。
「すいません、取り乱してしまって。」
セミロングの髪を垂らして彼女は謝る。爆発させた感情の反動か、恐縮して一回り小さくなっている。
「いえ、妹さんが行方不明になってしまったら平生でいられませんよ。」
「見水 明朱です。高校生なんです…それで、今ニュースでやっている殺人事件の子と同じ学校で…。」
タイミングの悪い出来事だと思う。もし世間に知れ渡ったら騒ぎは加熱するだろう。
「私…どうしたらいいかわならなくなって、あなたしかいないんです!警察は家出だって!」
衣舞は泣きそうな顔で訴えかけてくる。
「…超能力者じゃないので、他を当たって欲しいのですが。それに…」
「知っているんです、あなたの家が憑き物筋だと!」
呆れ返った緑に緊張が走る。憑き物筋。久しく聞いた言葉だった。
「…ええ。私の家はいわゆる憑き物筋です。」
ハッと口を押え分かりやすく動揺する。差別したと気づいたと、言うように。慣れているこちらにとっては大げさなリアクションだ。
「わ、私もそうなんです…-ご、ごめんなさいっ!」
「あ、ちょっと」
椅子を倒しそうないきおいで彼女は店を出ていく。ふわりと残り香だけが空気を攪拌していた。
「ん…?」野生動物の獣臭さがわずかに鼻腔を刺激する。
熊や猪、野犬が纏う獣臭。身なりもきちんとしていた衣舞からは似つかわしくない臭いだ。
私もそうなんです、と小さな声で呟いていた。もしや彼女に憑いている「魔」の臭いなのか。イヅナに類似した憑き物なんだろうか。
慌ただしい来客に緑はしばし放心する。
今日は目まぐるしい一日になってしまった。寝足りないぐらいに疲れている。
ガムテープで塞がれたステンドグラスが鮮やかな光と影をよこしてくる。しんと静まり返った店先はまたいつもの暗さを取り戻し…近寄り難い雰囲気を醸し出した店内から、魔女と呼ばれるのは自然な流れだ。
ふらりと細っこいイタチめいた生物が物陰から顔を出し、漂い始める。嗅ぎ慣れない臭いにつられて姿を現したのだろう。
-イズナという生き物が自分の家に住み着いている。
生き物と分類するにはあまりにも異質で、何科なのかと問われれば容易に答えられないのだ。
憑き物筋、祖父はそう呼ばれるのを何より嫌っていた。
憑き物筋として我が一族は疎まれていた時代がある。羨むほどの金持ちであったわけでもないし、何か抜きん出たものもない普通の家であった。
けれど確かに一族はバケモノを飼い慣らし、使役していた。きっかけは憑き物の家から婿か嫁をもらいうけたか―とある代の物がその道に傾倒していたか。
小さい頃からイヅナという生き物がみえ、触れられた。どこにでもいる生物だと思っていた。
「あなたたちのせいで大変な目にあっているのに。」
血を垂らしこみ封じこんだ如く赤の目が緑を映す。魔は呑気にふよふよと身をよじらせながら浮遊している。人間の苦悩など露知らず。
魔というのはそういうものだ。
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