ハッピーエンドのその先を
「…は!どこココ!」
木々がざわめいている。夏の終わりを告げる風が、辰美の髪を揺らした。
気がつけば蛭間野町ののどかな町並みを望んでいる。
大学も学園都市としての面影もない、穏やかな景色だった。
("元の世界"だ…)
人ならざる者も、邪悪な存在もなりを潜めた──人の世界が広がっている。
懐かしくも悲しい、穏やかな世界だ。佳幸や麗羅が絶望した世界だ。
辰美は枯葉だらけの国道を歩いた。深緑の木々とは異なる過去の、落ち葉。
この道路が長らく使われていない証拠だ。雑草がアスファルトから生えて、四ツ岩トンネルは風化してきていた。
越久夜町の入口に到達するが、フェンスが設けられ立ち入り禁止になっていた。
やはり越久夜町はかなり前に土砂災害でなくなっていたのか。
それは知っていた。覚悟はしていた。
元の世界に戻れば緑はいない。見水も元々いなかった。
佐賀島 辰美も、佳幸も。
誰もいない。ひとりぼっちの世界なのだと。
(一人でやっていけないよ…)
一人きりになるために越久夜町へやってきたと思い込んでいた。それが麗羅が設定したものだとしても、一人は慣れていた。
「寂しい…」
「よう」
「わっ!」
「やっと来たか。浦島太郎さん」
水分 羽之が背後からやってきた。
「み、水分さん!久しぶりです」
「へへ、待ってたよ」
明るい笑顔にホッとしつつ、彼女の後方からやってきた女の子に気づき、怪訝になる。
「こんにちは!はじめまして!日間 眠子です」
可愛らしい可憐な少女はペコリとお辞儀をした。ショートヘアが可愛らしい、四歳くらいの子供は純粋無垢な笑顔をこちらに向けている。
「コイツは蛭間野町の最高神、日間 眠子だ」
「あ、こ、こんにちは!」
「ミマクリちゃんから話は聞いてたよ!辰美ちゃん!勇敢なんだって!」
「い、いやぁ…」
幼稚園児くらいの最高神はサンダルを鳴らしながら来た道を引き返した。
「蛭間野町でお茶しよ!」
御厨底町と蛭間野町の最高神に保護され、お手頃価格のファミリーレストランへ連れていかれた。
「ねこちんドリア〜」
「おい、またドリアかよ」
二人で仲良さそうに会話する様を見つつも、辰美は気になっていた事を尋ねた。
「こちらの世界はどうなっているんですか?東京とか…」
「東京都はまだ健在だよ。あと日本も。気候変動や流行病はひどいけど人類もいる」
「良かった…」
安堵して、少し寂しくなった。
「今は令和五年、二千二十三年。平成二十八年から七年くらい経ってる」
ドリアの時から一転して水分 が神妙な顔で言った。
「こうなる事は分かっていたような気がします…」
「そうか…あ、なにか頼め。ドリンクバーとかさ」
「あ、ありがとうございます…」
お言葉に甘えて、ドリンクバーを頼む。
お昼のざわめきがやけに懐かしく、疎外感を感じた。老若男女。楽しそうに談笑したり、会食をしている。それが普通。こうあるべきだ。
この世界は正常極まりない。だが己の住まう場所ではないのだ。
「──私、越久夜町に帰ります。どんなに壊れた町だって、佐賀島 辰美として生きた場所だから」
「うん」
「だよね。辰美ちゃん、そういうと思ってた」
眠子が僅かながら嬉しそうに言った。
「えっ…」
「住めば都、って言うじゃない?辰美ちゃんにはさ、辰美ちゃんが心地よいな〜って思える場所はもうあの町しかないんだよ」
「はぁ…」
「良かったね!」
陽だまりの如く暖かな笑みに肯定された気がして、辰美も頬を緩めた。
「ありがとうございます…」
店員からお冷が運ばれてきて、三人は昼食をとる事にした。
越久夜町へ続く四ツ岩トンネルをくぐることを決意し、辰美は二人に感謝した。
特別にフェンスを少しどかしてもらい、暗闇がわだかまるトンネル内へ入る許可をえた。
最高神が持つ"カミサママジック"だろう。
「ありがとうございました。またいつか会えれば…」
「ああ、有屋によろしくな!」
「春木ちゃんにもね〜」
「うん」
二人に見送られ、辰美は四ツ岩トンネルを潜り、歩き出す。足音だけが暗い空間に響き、底知れない怖さがあった。
「結局、狂った世界に行くとは。お前も酔狂だな」
右側に月世弥が久しぶりに出現し、共に歩く。
「わたくしは分かっていましたわ」
チー・ヌーも得意げに軽い足取りで先を行く。(ああ…やっぱこっちの方が好きだ)
「辰美さん、本当に帰ってきたのね」
聞きなれた女性の声がする。認識すると、純白のレディーススーツを身にまとう天道 春木が眼前に呆れた様子で待ち構えていた。
「うん。私には越久夜町しかないから」
「喜ばしいのか、嘆くべきか…」
ため息をつくと彼女は手を差し伸べた。
「越久夜町の一部になるのを誓うのなら、手を取りなさい」
「はい。病める時も健やかなる時も、越久夜町と共に歩む事を誓いまーす」
手をとると、山の女神はさらに呆れ果てた。
「何よそれ」
「先輩、辰美は来ましたか?」
「ええ」
ハイヒールを鳴らしながら有屋 鳥子が遅れてやってきた。
「辰美。待ちくたびれていたわよ。竹虎や魚子さんが歓迎会を開くってうるさかったんだから」
「竹虎さんたちも来てるんですか」
「ええ、さあ、行きましょう」
二人が背を向け、越久夜町へ歩き出す。それについて行き、ふと振り返りたくなった。
(だめだ)
あちらの世界にも見水 衣舞はいない。
しかし見水が居なくなってしまっても、心の内にわだかまる──止まった夏休みの思い出にとらわれるのはもうやめよう。
(前を向かなきゃ)
越久夜町で、佐賀島 辰美として生きていくことを選択したのだから。
幸せな結末を迎えたいから、前に進むしかないのだ。
今までありがとうございました。
「開闢のミーディアム」は完結しました。




