受容 3
「あたし、貴方の目から越久夜町を見れてよかった!佐賀島 辰美として、楽しく過ごせてよかったよ」
「そっか。よ、良かった…」
こそばゆいような、申し訳ないような複雑な気持ちになり俯く。すると佐賀島 辰美は歩き出した。
「帰るね」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
「あの子たちを独りにできないから」
あの子。干渉者──アトラックたち。
帰ろうとする彼女を引き留めようとした。「あたしもね、世界が嫌い。元の世界に戻るよりも、あの場所にいた方がいいな」
「けど」
「辰美は貴方に任せるよ。またね、辰美ちゃん」
満面の笑顔が眩しくて頭が真っ白になった。引き止める気も失せてしまうような、佐賀島 辰美らしいスポーツ少女の、快活な笑顔だった。
佳幸が憧れた理由が分かる。
ドアを開け、暗闇に消えていく女子高生の背中を見て我に返った。
「バイバイ…」
手を振り返し、しばし佇み、…辰美は歩き出した。
「辰美ちゃん、幸せにね」
彼女の小さな呟きは聞こえていなかったようだ。
瓦礫の山も夏に輝く屋上もない、暗闇の中を闇雲に歩いていた。これから無明に還るのかも、はたまた越久夜町に戻れるかも分からない。
ただ、佐賀島 辰美は救えなかったが彼女は幸せそうだった。
(あれはハッピーエンドっていうのかな…)
理解できないが、幸せなら良いのではないだろうか?
周りの求める幸せより、本人が望む幸せな終わり方がハッピーエンドではないのだろうか?
(私の幸せな結末って何だろう)
(分からないや)
どこからかすすり泣きが聞こえて、足を止めた。
「誰かいるの?」
「…辰美?」
泣いていたのは巫女装束を着た、四歳くらいの子供だった。色白の少女はこちらを知っているみたいだ。
「辰美なのか。生きていたんだ」
「生きてるよ」
「私だ。巫女式神だ」
あの異様な服装ではなく、名前の通り巫女だった。赤い目を泣き腫らして、彼女は叫ぶ。
「ああ、なぜ!あたしだけが生き残ってしまったんだ!」
無様に泣きわめく彼女に、辰美は何も言わない。
「殺してくれ!辰美、あたしを殺して!」
「童子式神に会いに行ってあげて」
「あたしを殺せ!」
「早く、童子式神が待ってる」
怒り混じりに巫女式神は唸って、噛み付いてきた。
「童子式神はもういないんだよ!」
「…童子式神を認識して。ほら、そこにいるじゃない」
四方から迫るのっぺりとした闇を、彼女は目を凝らし想像する。見ていないだけで、あの童子は近くにいるだろう。
巫女式神は童子式神の形を認識し、暗闇の中にある手を固く握った。
「ああ…あたし、見えるよ。あんたがよく見える」
「巫女式神、やっと見つけてくれましたね」
童子式神が静かに、ソッと抱擁した。涙を流しながら、彷徨い続けた人ならざる者は言う。
「もう、約束を叶えられないままわかれるのは嫌なんだ」
「巫女式神」
「あたしはそんじょそこらの、使わしめ、だった。でも、もう。もう、使わしめなんかでも、巫女式神でもないんだ。悪者の干渉者なんだ」
「何を言っているンですか。巫女式神は巫女式神です。赤い目、黒い髪、白い肌。どこを見てもおめぇはおめぇじゃないですか」
「うん…あたし、決まったよ。分かったよ。あたしは童子さんと居たい、それだけだったんだ!」
本来の自分を取り戻したのだろう。彼女の輪郭が暗闇に際立つ。
「あっしはおめえの知っている童子式神ではないでしょう。あちらの自分がどうなったかは…考えたくねえ。けど、この時空で出会い共にすごした記憶はかけがえのないものッス。巫女式神、あっしはおめえとなら時空を越えられる」
手を握り、歩き出した。
「ど、童子さん。どこへ行くんだよ?!」
「行こう。どこでもない観測不能な世界へ」
二人の幼い子供は──太虚に唯一、一筋の光が指す方向へ歩き出した。暖かい秋の日差しに似た光がそうっと道筋を示していた。
(そうか)
暗鬱としたこの世界は太虚だったのだ。
気がつけば大量のパラレルワールドを形作るしめ縄が頭上で、微かに煌めいている。辰美は深夜のサーバー室を連想した。
「帰らなきゃ」
そう言った瞬間、張り詰めていた太虚のしめ縄がすべて弾ける。
「な、何?!」




