イズナ使いの異聞奇譚「イズナ使いの緑」
彼女は小さな野暮騒ぎを小耳に挟み、長閑な田舎町が微かに変わりつつある──とぼんやり、曇り空を眺めていた。変哲もない厚い雲がどんよりとのろったく移動している。
割れた小窓を修復するとしてもガムテープで塞ぐしかないのは、我ながら馬鹿らしい作業だなと呆れる。誰かが投石しなければこんな手間かからずにすんだ。
しっぺ返しをしてやったとでも?馬鹿馬鹿しくて腹も立たない。
小窓は以前町に建っていたこじんまりとした教会のものだった。解体時ステンドグラスを分けてもらい店にあしらった。祖父の代のことである。
客足はほとんどない、さびれた商店会跡の数少ない店。先祖から骨董屋を営み、今現在彼女一人で店を営んでいる。骨董屋の機能を果たしていないけれどたまに遺品整理で蒐集品を引き取って欲しいと頼まれるのだ。その都度町から人口が減ったことを実感する。
好景気は商店会やらがひしめき、映画館もあったそうだ。景気が崩れた今、残ったのは寂れ人気のない町並みだけ。
緑は現在孤独の身だ。母は二十になる前に早くに亡くなり、父は蒸発してしまった。それからは近所の人達に助けられ、この歳までやってこられた。とはいえ失敗は数え切れないほど冒したし、白昼夢みたいな、とてつもない大惨事も乗り越えた。だが一人前とは程遠い状態だ。独り身ではあるけれども、遺された家庭用品や所蔵された大量の資料。それが骨董屋を営む小林 緑の私財になっている。
母と祖父は越久夜町の村時代の事柄を調べていた。そして何も明かさずに寿命で死んだ。
分かっている。何を調べていたかは──が、頭では理解したくは無い。
残された膨大な量の情報をたまに読み、二人は必死に調べていたのかを想像する。
この町はどこの田舎と同じく山を境に異界とする──他界信仰がある。先祖は異界に還り、そこから子孫を見守る。異なる点は原始から人々を見守る女神がヤマに居て、信仰されていたという事だ。子供を神の世界に攫ってしまうだとか、迷い込んだ人を助けるだの―女神の伝説は今世にも受け継がれているけれど、彼らはありふれた伝承を集めていた。
どこにでもある噂話や不気味の化身とされる妖怪現象。
取り留めのない情報を読み返す。おかげで町の伝説や言い伝えには詳しくなっていた。
多分村時代の言い伝えを保存しようと努めていたのだろう。
他には神々と人々を結んだ霊験あらたかな巫女が居た。祟りをなした悪神や怨霊が居た。サーバー室のようなパラレルワールドを収納した世界で暮らす不思議な生物たち。ひとりぼっちの地球の女神。金星と太陽の双子。とある『開闢のミーディアム』が、町で奔走した摩訶不思議な物語。
緑は自らが記した手帳を閉じ、ポケットにしまう。
「よし」ハリボテではあるが穴は塞がった。時計を見やると約束の時間まで三十分を切っている。約束とは無論遺品整理である。
町の外れの老人がネズミに噛まれ、何やら老衰か感染症で亡くなってしまったのだそうだ。近所の人たちは重大な感染症でないかと噂していたし、ミドリも今回正直出向きたくはなかったが、生計を立てて行くには断れなかった。
ボサボサの髪を整えて、タンスから服を引っ張りださなければならない。早めにと思っていたけれどこれでは遅刻してしまいそうだ。
新しい話になりました。
感想待ってます。
2019/12/26 題名を「イズナ使いの異聞奇譚」にしました。




