魂呼ばいとあの世 5
「わ、わかった!」
脱兎のごとく──とはいかないが、全速力で疾走する。土地勘のある路地を駆け抜け、こちらを絡めとろうとするタコの足から逃げる。
「ハアハア…」
眼前にある雑居ビルが消えかけている。ざらついたノイズが建物を覆い隠し、向こう側が透けて見え始めていた。
『越久夜町から消えようしていますわ。急いで』
「どうしよう」
『鏡を持って、屋上に行くのです』
「ええい!この際どうにでもなりやがれ!」
酷使され痛む肺を叱咤しながら、雑居ビルがある敷地に侵入する。幸いにも建物内へ通じるドアは開いていた。
廃墟化したビル内は真っ暗だ。
直通階段が一つのみらしく、辰美は不安定な足場を駆け上がりながら順繰りに登っていく。
足がもつれそうになり、緊張でうまく登れない。騒々しい足音を立てながら上へ向かう。
(早く!早く屋上に!)
「辰美さん!私の背中に乗ってください!」
下から声がして振り返ると、魚子が階段を駆け上がってきていた。
「クマなら車くらいの速さで走れます!」
「あ、ありがとう!」
狭い階段の空間で、彼女の頭からよじ登ると背中に座った。
「走りますよ!」
グリズリーがスピードを出して階段を器用に爆走していく。平地ならさらに早いだろう。
屋上に通じるドアを体当たりで弾き飛ばした。
「辰美さん、後は頼みました!」
「こちらも助かりました。魚子さん…」
背中から降り、すぐさま礼をした。
「さあ」
鼻で押しやられ、慌ててフェンスに向かう。
ありったけの息を吸い、腕を前にのばし鏡を自らに向ける。辰美は────
「佐賀島 辰美〜!」
大声で彼女の名を呼ぶ。山に反響はしなかったが、鏡に映っている己の顔がやけに不吉に見えた。
「あっ…」
鏡の向こう側から何か得体の知れないモノが近づいてくる気がした。波のような、空気の塊のような。
それが鏡面から飛び出してきた時に、正体を理解した。手だ。
巨大な手に捕まり、鏡に引きずり込まれる。その手は人間にしては毛むくじゃらで獣にしては発達していた。
悪魔──脳裏にそんな言葉が浮かぶ。悪魔に地獄へ連れていかれるのか。
鏡の世界へダイブし、意識は暗転した。
海の底か、沈殿槽の底へ降っていく。人類の、生き物らの意識から集合的無意識の領域へ。
──集合的無意識に潜る。本物の佐賀島 辰美へ会いに行く────
(私はやっとお役目ごめんになるんだ…)
(でも、それ、すごくヤダな…)
(まだ生きていたいや)




