魂呼ばいとあの世 4
板橋の商店街近くにあったテナント募集だらけだった小規模雑居ビル。さして変わった特徴もなく、周りにある同様の雑居ビルに埋もれていた。
たまにカレー屋や怪しい営業事務所が入るが、すぐ退居してしまう寂しいビルだったという。
山間部に雑居ビルというのも不自然な景色であり、まるで移設されたみたいだと辰美は大学に通いながら考えていたのを思い出す。
あれは、まさにバグの象徴だったのだ。
「成功率はかなり低い。多分、失敗が普通でしょうね」
「そん時は皆で来世に期待しようぜ」
笑い飛ばした虎に二人は神妙に頷いた。
「う、頷くなよ?!」
実行時間はあの世とこの世の境界が曖昧になる逢魔が時。場所はビルからほど近い、駐車場だった。
人気のない町で三人は緊張で息を飲む。
「じゃあ、やるゼ」
ググッと体に力を入れるや否や、彼を形作る輪郭がアヤフヤになる。あっという間にアムール虎に変身した竹虎は紺色の瞳を空に向けた。
「気をつけなさい」
「分かってルさ」
虎が優勢な咆哮をあげると、夕空に不可思議な発光現象が生じた。白夜のような明るさが越久夜町を照らす。
漏れ出しているゆらぎが可視化された。どんよりとした淀んだ煙が、水槽に垂らした色水の如く時空を構成している大気に溶け込んでいる。
空にヒビが入っている。そこからゆらぎが侵入してきていたのだ。
「あそこね」
有屋が神器である弓矢──大弓を構え、ギリギリと矢を引いた。火花が散り、一直線に亀裂へ飛んでいった。
身を潜め、隠れていた何かが悲鳴をあげ、衝撃波から大地を揺らした。
「やっぱ潜んでいやがっタか!」
ゆらぎが漏れ出てている亀裂から大きなタコの足が飛び出した。
「予想はしていたけれど、かなりでかいわね。予想外だったわ」
「おいおい。オマエって馬鹿だよな。分かってやってたのかと思ってたゼ」
「どーすんのアレ!」
「嫌な予感的中ってヤツか」
弓矢を粒子として散らすと、有屋は空に手をかざした。周囲に小規模の結界が張られ、身を守る。
『おやおや、干渉者の上位存在がでてきましたね』
アトラック・シンシア・チー・ヌーが固唾を呑んで、それを見守る。
「あれがアトラック…」
思っていたよりもタコである。幾多ものタコの足が町へ伸びる。このままでは町が汚染されてしまう。
その時だった。ダム放流時のサイレンに似た警報が爆音で町に響いた。
「誰が放流を許可したのよ!」
突然の不協和音に有屋が声を張り上げる。しかし人虎は威嚇に吠えた。
「コイツはダム放流のサイレンじゃねえ!アポカリプティックサウンドだ!」
「な、なにそれ」
「この音が流れたら終わりってコトだ。急げ!ビルに向かえ!」
瞬時に虎の姿から人型に変化した竹虎が背中を押す。怪力に抗えず結界から押し出された。




