魂呼ばいとあの世 3
魂呼ばいとは──魂呼びともいう。近いうちに死んだ人の魂をあの世から呼び戻す儀式だ。井戸底へ向かい名を呼んだり、空または山や海に向かって名を叫び、魂をこの世へ蘇らせる。
特別な希少地域の儀式ではない。明治時代の中ごろまでは全国で広く行われている、普通のものだった。
「屋根に登って名を叫ぶ、これが最古の魂呼ばいの形式みたい」
巻物を読みながら彼女は皆に説明する。
「あの雑居ビルの屋上で叫びましょう」
「叫ぶだけでいいノか?」
「後は鏡が必要。そのために地主神──薬師堂の神鏡を持ってきた。これで死人の顔を映すのよ」
「ええ〜…佐賀島 辰美の死体を…」
ゾッとしていると有屋は否定し、鏡を渡してくる。
「貴方で十分よ」
「ヒドっ!」
「有屋サン。さっき近いうちに死んだ、ってたな。もう時間切れなんじゃねえか?」
「普通の魂呼ばいならね」
有屋 鳥子の考える作戦はこうだ。わざと魂呼ばいを失敗させる。
亡くなったばかりの死体がなければ魂呼ばいは成立しないという。でなければ反対にあの世に連れていかれる。家に死人が出てしまうのだ。
それを利用して、辰美を佐賀島 辰美の元へ導く。
ただそれだけでは佐賀島 辰美の遺体がある墓地か、異空間に連れていかれる可能性がある。
干渉者──アトラックの通路を利用すれば、白痴の霧瘴へたどり着けるのではないか。
しかしチー・ヌー曰く、アトラックでも親玉の白痴の霧瘴には近づけない。
「"ゆらぎ"を利用するのはどう?」
「ゆらぎはなみの神霊にも可視できないのよ?どうやって」
「チー・ヌーと協力して、ゆらぎから白痴の霧瘴に…」
「魂呼ばい関係なくなってんじゃン」
竹虎に突っ込まれてそうだ、と納得する。
「ならばゆらぎに潜むアトラックを刺激するのはどうかしら?」
「ええ〜、都合よく居るかァ?」
「越久夜町は異常に淀んでいるもの。居ても不思議はないわ。ゆらぎから漏れ出ている根源さえ分かれば、私が武器でこじ開ける」
「しかし、オイラたちはどうすりゃいい?」
「貴方たちの力を利用させてもらう」
「へーへー」
水を口に含むと、彼は行儀悪く足を組んだ。
「太虚に住まう境界線に住む者は、境界を可視化できると言われているわ。なら、井戸に該当する穴を設けられるかもしれない」
「鏡だけじゃダメなのか?」
「ええ、鏡だけでは足りないと思う」
「がんばろう」
渋っている竹虎を鼓舞するも、アッカンベーをされカチンとくる。
(我慢よ…)
「魂呼ばいは板橋にもあったあの雑居ビルの屋上でやるわよ」
「アア。それが妥当だろうな」




