いまと許しと覚悟と 2
「衣舞を知りませんか?さっきまでいたんです。なのに、変な風になっちゃって」
「衣舞は私だよ」
「えっ」
「辰美の前ではね。見水 衣舞として越久夜町に割り込み、ひっそりと存在してたんだ。ごめんね…」
見水家は本来越久夜町にはいない架空の人物で、吾妻が作りあげたのだと。
「どーして!どうして、嘘をついていたの?!」
分かっていた──架空の人物なのは。だがもう会えないのだと気づき、涙を流すしかなかった。
「辰美として生きている麗羅を傷つけたくなかった。私も夢が見たかった。顧兎に約束してもらったんだ。夜の神になる代わりに何も知らないヒトとして、遊んで、一緒に勉強して…辰美の友達になるって」
「…だけど!」
「ライラ、私に言ったよね。アタシ、友達を作る気はないって。友達って何だか分からないから、私も頷いたけど」
控えめにはにかむと恥ずかしがった。
「辰美が楽しそうにしているのに気づいたの。ああ、麗羅も友達が欲しかったんだって…」
「…うん。誰だってそうだよ…」
「見水 衣舞は今だった、明朱は明日…佳幸は過去。今と明日は存在していないの。私の中でも、麗羅の心にも…でもね、"辰美"。大丈夫。友達が居なくても、辰美はやっていける。あんたには今も明日もあるんだから」
吾妻は芯のある口調でそう言う。
「ごめん、見水…アタシ、見水に頼りきりだった」
泣き崩れそうな辰美を見遣り、支えてくれた。
「ううん、頼りきりじゃないよ。私にまた、友達になりたいって思わせてくれたし、麗羅とできなかった分の時間も…」
「うん…」
「麗羅、また輪廻を回ったら一緒に遊ぼう。見水として生活したみたいに友達しよう」
優しくやんわりと手を握り、妖狐の彼女は泣き笑いを浮かべた。
「…また、会おうね」
あんなにたくさんいた見水 衣舞は居なくなり、静まり返った空気だけがこの場を満たしている。蜃気楼の如く消えた吾妻の手のぬくもりを感じながら、辰美は事務所へ帰る事にした。
事務所に帰宅すると有屋が不機嫌な様相で廊下で待ち伏せしていた。
「どこに行っていたの?」
「ちょっとした散歩というか…」
「貴方、死にたいのかしら?」
「ごめんなさい」
謝るも腕を引っ張られ、事務所に放り込まれた。そしてドアのロックを彼女が神通力でかけ、立ちはだかる。
事務所に閉じ込められてしまったのだ。
「麗羅。貴方を二度と失いたくない」
情緒不安定になった有屋 鳥子に再び腕を捕まれ、辰美は首を横に振る。「私は麗羅さんじゃない」
「いいえ。貴方は麗羅」
引き寄せられ、顔を近づけられる。
「あの時、私も立ち向かえば良かった…私は西日本へ逃げるために、貴方たちを立ち向かわせた。時間稼ぎのためにUMAの始末をしろと命じたのよ」
「そうだったんだ」
「…ええ、私は…卑怯者よ。使命を果たすふりをして麗羅を死地へ導いた死神」
そのまま崩れ落ち、床にうずくまった。汚れたタイルの床にすがるように爪を立てた。
「ごめんなさい。麗羅…バチが当たったんだわ…」
「…有屋さん。顔を上げてください」
「嫌よ」
意固地になる元上司に、辰美はしゃがみ込んだ。
「多分、麗羅さん知っていたんじゃないですか?アナタが逃げるのを。それを知っていながらも、立ち向かったんだと思います」
彼女は何も言わない。
「麗羅さんは何も考えてないです。きっと」
「…そうだったら、本当、あの子らしい、わね…」
俯きながら有屋は小さく笑う。二人はしばらく無言で、事務所に響く空調の音に身を任せていた。




