正義なる誤診 1
事務所でぐうたらするのを窘められ、仮眠室で過ごしてた。トイレから帰ってくると事務所から三人くらいの話し声が小さく聞こえてくる。
気になり、ドアを開けると魚子たちが室内に暗い空気を漂わせていた。俗に言うお通夜状態である。
「どうしたの?」
「…麗羅の自我がなくなりつつあるンだ。白痴の霧瘴のように人格すら消え、本当の神霊となるだろうナ」
低く唸るように、悔しげに吐いた竹虎の言葉に息が苦しくなる。
「どうしよう…アタシはどうなっちゃうんだろ」
「消えちまうかもナ」
「だ、大丈夫です。私たちで何とかしましょう」
空元気を出したグリズリーに対して残りの二人は沈んでいる。
「あ、あのさ…私は退室するねっ」
いたたまれなくなり、ドアを閉めてしまった。
──麗羅は自我がなくなりつつあるンだ。
心臓がうるさい。自らが消えてしまう可能性がこんなに急にやってきてしまうなんて。
急ぎ足で仮眠室に戻ると、ネーハ・プラカーシュが仮設ベットの上に座っていた。
「ネーハちゃん!」
「辰美さん。少し話をしないかい?」
珍しくネーハが尋ねてきた。いつものようにこちらの世話をしにきたわけではないようだ。
「う、うん。いいよ」
「宇宙の蕃神を知っているかい?」
「ばんしん…?ううん、聞いた事ない」
「私は蕃神の光者なんだ。蕃神に選ばれた審判員…」
蕃神は──違う宇宙──多元宇宙から来訪した神である。
「"太陽の子"の宇宙から来た者や他のルールで動いている宇宙の、神霊と呼ばれる者たちの総称で、この数多の宇宙が弾け終わってしまうのを憂い、阻止しようとしているんだ。何も月の子の宇宙が特別扱いなのではない。異常が見つかれば見つけられれば番神たちは救済措置を行うんだよ」
「壮大なヒトたちだね…」
「ああ、途方もなく壮大かもね」
彼は疲れきっている。くたびれた背筋で話を続けた。
「中でもアヴァローキテシュヴァラとも呼ばれる存在がいるのを地球に属する神々は知っているよ」
「アヴァローキテシュヴァラ…」
「観察された自在者というんだ。蕃神の光者たちはアヴァローキテシュヴァラさまを慕い、日々宇宙をより良い世界にするために励んでいてね…。…。…私には正義というものが分からない。蕃神の光者失格だと思うし、まず護法童子ですら失格なんだろう」
「…」
「越久夜町で得た答えはそれだった。誰が悪で、誰が正義で。パラレルワールドではいとも容易く立場が逆転する。正義なんてものはない。そんな奴にジャッジメントされたくないだろ?」
彼は人の良さそうな苦笑を浮かべて月を眺めた。




