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夢は現実より奇なり

話を移動させました。

 これは辰美が(偽物)の「越久夜町(おくやまち)」に迷い込む前の話である。

 「ちこくちこくーっ」


 辰美(たつみ)はベタにも遅刻寸前という失態を犯していた。

 彼女は佐賀島(さがじま) 辰美。

 落ちかけた金髪に部屋着に近い服装。ボロボロのサンダル。だらしのない身なりにやる気を失った女子。辺境の山間部にある越久夜町に住む()()()()()女子大生である。

 さびつき始め動きの悪くなった自転車を立ちこぎして大学へ爆走する。大学は隣町の蛙間野町(ひるまのまち)にあり、そこまでは長い道のりだ。


 警察に注意されても仕方がない速度で、入り組む路地を走りながらふとブレーキを踏む。「あれ…?」

 さっき通り過ぎた「お化け」の貼り紙。その絵の意図は訳は分からないが─ブロック塀に貼られているその古茶けた貼り紙をじっとみつめ、記憶と照らし合わせる。


「あれれ。あたし、ここ通った?」

 折角汗水垂らして走ってきたというのに道を間違えてしまうとは。越久夜町は路地が入り組んでいる。迷宮みたいだ。


「ますます遅刻だっ!」


 慌ててサドルに尻を降ろして腕時計を見やる。「ああっやっべー!」一限が始まってしまう!

「…ともかく直進直進っー!」


 冷や汗を拭って大学に突進だ!

「――ん?」


 初夏の日差しは強く立ちこぎしているだけで汗だくだ。ふと視界に入った貼り紙にへたりと漕ぐ力も失せてしまう。


「…なんなのーあたし土地勘ないのにー」


 お化けの貼り紙が堂々と張られている。踏切事故注意!と書かれたおどろおどろしい貼り紙。山奥にある越久夜町には鉄道はないはずだ。辰美がかつて住んでいた都内ならまだしも。


「…なになに?キツネにつままれてるの?それとも何?」

 キツネにつままれるなど古風なと思いながら辰美は辺りを見回す。あるのは代わり映えもない民家と川、そして長閑な鳥のさえずり。どう見ても怪しい気配はない。


「もー遅刻だー。あーあ単位おっことしちゃうよー」

 誰もいないのをいいことに大声で不平を漏らす。すると


「…あの、迷ってるんですか?」


 背後から声をかけられて間抜けな悲鳴をあげる。(マジっいつのまに後ろにいるの!?)

 大学生でありながら"かくれ"超能力者という肩書きをもつ「占い師兼大学生」はまさかこの自分が背後を取られるなど心外中の心外だった。


「えっとー、あの蛙間野町(ひるまのまち)にある大学に行きたいんですけど。国道に続く道知りませんか?」


 振り向くとツインテールの飾り気のない女性が佇んでいた。年端同年代ぐらいか少し歳上に見える。世に言う夢かわいい雰囲気の服装をきており、ファンシーなもふもふバッグを下げていた。

「ああー…ごめんなさい、わたし…この町の者じゃないので…蛙間野町に住んでるので。」


(じゃあなんでっ話しかけんのよっ!)


「えっと…困ってるみたいだったから…、ほっとおけなくて…。あと──」

「えっ漏れてるっ!?」

「へっ…え、えぇぇ…大丈夫ですかっ?」


 あたふたしだした女性に青息もでない。不自然さを出したら辰美は超能力者だと正体が暴かれてしまう。


「…独り言多くてごめん。でさ、すごい変なこというけど…あたしここをぐるぐる回ってるんですよ。」

「…そ、そうですか…。ごめんなさいー…()()()()()()()()()()()()()()ー…」

 頬を赤らめて控えめに言う女性に殺気だってしまいそうになる。

「あっ名前っ、わっ、わたくし…夢野 ヒロミと申します。」

 ぺこりと礼をするや赤面しつつ「越久夜町には仕事でここに来たんですけど…。チャリ盗まれちゃって…。チャリで来たものですから、景色が変わって帰れなくなっちゃって…。あ、随分前の話ですけど」


(そんなヤツいるかっ!つーかこの人ちゃんと仕事してるんだ…)


「はい。お届け者をして…いたんです。今はウロウロしてるだけなんですけれどね。」

 チラシやらを配るアレだろうか?だったら主婦という線もある。まあなんだとしても困ったことに道に迷った者同士が出くわすなんて。


「…あなた、ミュータントね。」


「みゅっ…たーんと?はあ…」

「なんでもないですわ。…スマホとか、持ってます?生憎ネットの繋がりにくいガラケーでして、もしよろしければ…地図とか。」

「えーと…ごめんなさいー…私もガラケーです。」

「うそーっ」

 ちらりと例の貼り紙に視線が行く。ヒロミも例に倣って視線をお化けの貼り紙へ移動させた。

「これ…よく踏切とかにありますよね。この貼り紙。」

「へー、変わってんのは変わりないけど…。私は見た事ないかな。」

「そうなんですね。私は私鉄の踏切で、何度か。」

「はあ…ところでなんで見知らぬ土地に来てるんですか?あ、チラシ配りっていろんな場所に飛ばされるんだっけ?」


 するとヒロミは「ちがうんですーチラシ配りじゃないんですよ」と辰美の予想を覆した。


「非常事態だっていうので…私、借りだされたんです…まー…アナタと出会ったのは必然の賜物って所かしら…。」

「非常事態?」

「もー詮索しないっ」

 どつかれてどういう反応をしていいか分からず。―こうしている間に時が立っているのだ、焦燥してしまう気持ちを抑えられない。


「…時間?そんなに気になさらなくてもいいんじゃないかと。」


 先程よりどこか親しげな彼女の態度に驚きつつもそっと持ちあがった指の先を見やる。

「ほら」

「…え?」指されたその先は鬱蒼と生い茂った果樹園があった。初夏にふさわしく眩い緑が輝いている。でも何か。

 引っかかるものがあって、そわそわしてしまう。


「…懐かしくありません?わたしのとこも田舎でして、こういうのを目にすると和むんですよね。」

「あ、うん…」


(おかしい。なんだろ、懐かしい感じがする…。)鮮烈な深緑を見つめていると頭が冴えてくる。

 そう。この町の生活圏には果樹園はないのである。また険しい山並みに農作物を作るのは至難の業である。畑は少しあるけれど。──とやかく、あの果樹園はかつて過ごしていた祖父母の別宅にある原風景。暑苦しい色彩に思考も蜃気楼の如くあやふやにぼやけてしまう。ノスタルジックが込み上げて悲しくなった。


「あれ…どうして。」

 都心から引っ越してきて、大学に通っているのに。何故、別宅の―既に駐車場になってしまった祖父の畑があるんだろう?

 これは現実世界なのか?


「…お、おかしいよ。なんなのこれ!」

「パニックにならないで。…そーね…きっとこれのせいかもしれないですよ。」


 再びの彼女の綺麗な指が宙を舞う。視線を操られ辿りついたのはお化けの貼り紙。これまでに見たこともない貼り紙に原因なんてあるものか。


「…これを見たことがおあり?」

「ないっぜったいないない!そう言ったじゃん!」

 踏切の近くにあることも知らなかったし、お化けが描かれた注意書きなんて人生初の目撃である。きっとこの踏切では悲しい出来事があったに違いない。


「…あれ、この顔。ミミズ?」

 見水とは学生生活での唯一の話し相手。見水 衣舞である。なんと三角頭巾をつけたお化けは友人の見水であった。

 蓋をされていた記憶が蘇る。


―――

「あー、つかれたあ。でもこれから仕事仕事~。がんばるぞ!」

「まだインチキ占いしてるの?」


「インチキじゃねー!いい?私には他の人にはない力が宿ってるのっ。」

 何度言ったら分かるのだろう。超能力を見せびらかすほど気は触れていない。能ある鷹はなんたらと言うみたいに、力の使い時があるのだ。

 彼女が変哲もない友人の存在をミュータントと畏れるのはずっと先になるだろうし、永遠にやってこないかもしれない。それでいい。

 全く持って自分の人脈を怨む事件だ。もっと幅広く人間関係を築いていれば…そんなこと嘆いたって変わらないのに。

「でさー、………あれ、言わなかったっけ?この前休講じゃなくなってさ、あれーどしたー?」


 友人の声が遠のいていく。そして踏切の音も。全てが隔離された感覚の中辰美はとある結論に至ったのだ。

「…単位、落とした。」

「現実を受け入れないと。」

「う。でもでも…」

「遅刻しちゃいますよ。」

「もう遅刻してもいいよ!」


 自棄になって寝たのだ。今だって自棄になったっていいじゃないか。そうだ。隣町には終点駅がある。市街地から伸びたささやかな私鉄だ。

 踏切での会話が辰美にがくりとのしかかった。

 

―――

「…なんですか!さっきまではあんなに遅刻遅刻言ってたのに!こんなんでいいんですかっ!?ずっと夢ん中に閉じ込められちゃうんですよ?!」

「あのさ―――」

「私は頼まれたんです。貴方を助けてあげないと、いけないんです。神様に頼まれて…」

 ポロリとヒロミの頬に涙が伝った。ギョッとした辰美は「ねえ、それどういうコト…?」と開口したが、聞き慣れた声音にさえぎられた。

「あ、自称占い師辰美じゃん。…と、ヒロミさん?でしたっけ。…めずらしいですね、こんな所にいるなんて。」

 見水がやってきた。彼女は例外なく通学を楽しんでいる。なんでだ?


「そろそろ起きないと…ホントに遅刻しちゃいますよ…。」

「そうだよ。遅刻しちゃうよ。ん、自称占い師さん、あ、学生さんなんだっけ。あはは」

「なによっ夢ン中まであんたね!………。」

 夢の中に介入できるなど常人のやる出来事ではない。この女、タダモノではない…。辰美は警戒しつつも彼女へ問うた。

「あんた、ミュータントなんでしょ?」

「まだ寝ぼけてるつもりですか?…辰美さん、私は貴方に会えてよかった。また、こうして会えて。でも再び別れを告げなければならないんです。」

「え?」

「起きてください。」


 

―――

「あああーっ遅刻ぅー!」

 飛び起きるやボロアパートの室内にいることに安堵する。カーテンの隙間から日差しが漏れ、長閑な鳥のさえずりがした。─なんて訳のわからない夢だったんだろう。

 あの夢野 ヒロミという女性は、辰美が作り出した架空の人物にしてはリアリティがあった。

「けど、所詮は夢ってヤツ…。」

 深く考えるだけ無駄だっていうのは言わずもがな。現実世界に干渉もできない絵空事に囚われている暇はないのだ。


「あ!大学!…やばっアウトアウトーっ!」

 慌てて外着に着替え駐輪場へ駆けこむ。初夏の日差しは強く軽く走っただけで汗だくだ。カバンを籠に投げ込んで辰美は漕ぎだした。


「…ッあー!」

 曲がり角を曲がりそうになった所で何かを思い出した!

 



「…げろーん。今日は休講だったよ…。」

「あははっあんたにしちゃえらいんじゃなーい?遅刻しないでこれたんでしょ?」


 友人の見水が笑い、辰美はがくんと項垂れる。一限は休講で、今日はある程度のんびり過ごしていてよかった日だったのだ。

「…んん。なにそれ。新聞?見水が新聞読むなんて珍しいじゃない。」

「なんでも隣の町で行方不明になった人がいるんだって。」

「ふーん。老人とか?」

「若い女の人。事件に巻き込まれたんじゃないか、って話題になってるの。」

 「S玉県 蛙間野町で二十女性 行方不明」との文字が書かれたページに目が行く。行方不明になったのは夢野 弘美という女性であり、自宅から忽然と姿を消していたらしい。警察は失踪と事件の両面で調査を開始すると。

(夢野 ヒロミ…。)

「これ、本当になのかな。怖くない?」

「うん…」

 辰美は血の気が引いていくのを感じ、腕を摩った。あの女性が失踪した人と同一人物なのならば──何故。

 ──辰美さん、私は貴方に会えてよかった。また、こうして会えて。でも再び別れを告げなければならないんです。

(アナタは、何者なの。なんで私を知っている?)

「…辰美?」

「あ、うん。」

「─でさ、この前にさぁ。」見水が新聞を畳み、普段通りの会話を投げかけてくる。それに愛想笑いにも似た上辺だけの笑みを浮かべるのが精一杯だった。

昔 子供の頃、踏切にお化けの貼り紙が貼られていたんですが、あれは何なんだったのでしょう。

気になります。

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