太陽と金星 2
「月に住むウサギだよ」
「ウサギ?まあ…月でウサギが餅をついているのは有名だけれども…そうね。月のウサギが居ても不思議はないわね」
自分に言い聞かせるような口ぶりに少し笑いそうになる。愚直な人だ。
「月にはウサギとヒキガエル、太陽にはカラス。定番だろうが」
「そう言われてはいるけど」
金烏玉兎という四字熟語があるが、まさか本当に月に兎が住んでいるとは思うまい。
「なぁ、辰美ちゃん。ユートゥーは知っているはずだろ。エベルムが死んだ今、この時空は解放されつつあるのを」
「解放…じゃあ、私はお役目御免?や、やったぁ!」
「さぁね。汚れ役を早々手放すと思うかぁ?」
「何よ!汚れ役ってえ!」
天津甕星は意地悪く、くつくつと笑った。
「なぁ、有屋。お前、不謹慎つったよな?」
「ええ。当たり前じゃない。ヒトが死んでいるのよ」
「見車 スミルノフに対して同じ事言えんの?」
見車 スミルノフ──リネンは今、昏睡状態になっていた。佳幸の体から単に逃げ出しただけかもしれない。交番巡査を殺害した容疑で書類送検されているという。
「…言えないわ」
「エベルムはそういうヤツなんだよ。バーカアーホ」
「貴方、少し変わったわね」
そうかもしれない。前までの言動よりも、正気である。目的を持って冷静に行動しているようにも見えた。
「…。山の女神とも話がしたいんだが、それは可能か?」
「はぁ?何でよ」
「いいからさあ〜!ね、一生のおねがぁい」
「クズ」
めんどくさそうに携帯を取り出すと、電話をかけ始めた。
「先輩。これから別荘に向かっていいですか?え、ええ、予期せぬ来客があったので」
弱腰で秘書が仕事をしている。ストレスが溜まりそうな立場だな、と他人事に眺めていた。
「来客?ええ、…天津甕星です」
向こう側で渋っているのか、有屋 鳥子はあれやこれや条件を並べて交渉している。
長電話の末、山の女神が条件として提示したのは、頼っている有屋の案内によって別荘まで来る事だった。悪神が神霊の力を使い、訪れるのではなく、"お客さん"としてやってこい、と。
「おいおい、オレぁマレビトかよ〜」
「しょうがないでしょ。先輩はデリケートなの」
「アノヨォ。お前のほうが先輩だろぅ?尻に敷いてやれよ」
(有屋さんの方が?)
彼らの会話が気になるが、神々に根掘り葉掘り聞くのは失礼に思えた。
馬鹿正直に三人で軽自動車へ乗り込むと、月咎山の中腹にある別荘に向かう。
メデューサのように意志を持って動く触手がたまに肩に触れる。恐怖だが食われはしないのだからと黙っていたが、不意に疑問が生じた。




