太陽と金星 1
エベルムはあれから姿を現さなかった。いや、死んでしまったのだろうか?
月世弥やチー・ヌーが良く話し合っているのを普通だと眺めていた。吸収したとしても人格や記憶が現存される訳ではないのだと──少し寂しい気がした。
エベルムは酷いヤツだった。人を利用しようとつけ入り、惑わせた。チー・ヌーや山の女神、または人間である光路までをも巻き込もうと…。
それほどにユートゥー・ノーモースター・スアヲルシィに会いたかったのだろう。
酷い事を躊躇いもなく行えるほどに。
(ユートゥーを師匠って言ってた。エベルムが生まれて、住んでいた世界はどんな感じだったんだろ)
遠い惑星かもしれぬ。はたまたパラレルワールドの地球かもしれぬ。
(何にも明かしてくれてないじゃん)
生ぬるい紅茶を飲みながら考えをめぐらせていると、有屋 鳥子の罵声が響き渡る。
「神威ある偉大な星。辰美さんに何の用?!」
事務所が騒がしくなり、廊下を騒々しく歩く音がする。
「要件を言いなさい!」
「あーあー。うるせー、オマエさあ、ピーチクパーチク騒ぐだけのヒヨコかよ」
「天津甕星!」
天津甕星がいきなり訪問してきたのだ。ドアを開けると、ヒラヒラと手を振ってくる。
「辰美ちゃん。エベルムに一発かましてやったんだろ?聞いたぜえ。宇宙中で話題沸騰だ」
「まあ」
「アイツはどうしてんだよ」
「死んだよ」
その言葉にヤツは大笑いしてみせた。
「笑える!アイツくたばったのかよ〜!」
「慎みなさいっ!不謹慎よ!」
有屋が案の定憤慨し、彼の肩をきつく叩いた。怒る気力も失せ、辰美は気になっていた事を尋ねた。
「髪飾りやってからどこ行っていたのよ」
「自分探しの旅してたんだ」
ニヤニヤと彼は相変わらずふざけた回答をした。それに呆れた山の女神の秘書がつまみだそうとする。
「ホントだよ。色んな所に行ってきた。そんでもって、自分が分かった気がしたんだ」
「へえ」
大学には一人はいるインド旅行に行く学生みたいな発言だ。
「なぁー、お願いがあるんだけどよぉ」
「なに??」
「ユートゥー・ノーモースター・スアヲルシィに合わせてくれねー?」
星神が無理難題を寄越してくる。
「アタシ…あの人に嫌われてる気がする…無理だよ」
「ガチな顔すんなよ」
複雑な反応に虚しくなるも、誰にも気づかれず佇み、腕を組む神世の巫女・月世弥に目配せしてみる。大げさに肩をすくめたジェスチャーをされ、無理だと悟った。
「ユートゥー・ノーモースター・スアヲルシィ?何?」
「あ?知らねえの?」
「知るはずないじゃない」
顧兎の単語も存じていなかったのだから、当然であろう。




