引導 3
肉片や血が飛び散る真ん中に、それは寝そべっていた。いや、残されていた。宇宙狩猟の猟犬群が去った後に。
「因果応報って奴か…笑える」
残骸になったエベルムはまだ生きていた。頭部だけになった彼を、辰美は見ているしか無かった。
ティエン・ゴウの生命力に感服する。
「…ねえ」
「お前のふざけた包容力は必要ねえよ!腐りきった町で終わる気もねえ!ユートゥーに会うんだよ!アイツに言わなきゃいけねえ事がある!今までの所業だってな、顧兎に会うためにやってきた事だ」
「…」
「顧兎に再開すれば、昔のように過ごせたのなら、ここまで道を踏み外しはしなかったさ。俺が元の世界に戻ったら、待ってる奴が…ああ…お前に話したって」
「ユートゥーはこないよ」
「…晒し者にされてよ、残虐されるのなら一思いに殺してくれ」
懇願される。「嫌だ」
死に絶えそうになりながらも拒絶し、自ら舌を切り裂いたエベルムは、血を吐きながらユートゥーの名を呼んだ。
「自殺する気?!」
淀んだ瞳であるはずのない景色を眺め、皮肉に笑った。
「ああ…おあつらえ向きなお迎えだ」
「死に逃げなんて許さないわ。これまでの罪の重さはその魂一つの死では償えるわけない!」
「ハッ、威勢がいいな」
「死ぬのならば───吸収する」
「恨むぞ。お前を末代まで祟ってやる」
彼を吸収し、辰美はその場を去る。涙を堪えながら、苛立ち、早歩きになった。あんなに騒がしかった猟犬たちの気配も、ざわめいていた町の空気も静まり返っていた。
草木も眠る丑三つ時。魔の時間だ。
暗い景色にあの、起点である情景が浮かぶ。麗羅の軽々しい声音がよみがえる。
「──辰美ちゃん」
落ちていく意識の中、自分の名を誰かが呼んでいる。
「辰美ちゃん、私を覚えてる?」
「辰美ちゃん────私を認識してみて」
ハッと頭を上げて、瞼を見開いた。それは眠りに落ちる際に聞こえる幻聴かと思った。しかしそれは気のせいだと確信に変わる。眼前が真っ暗だったから。
最初の最初の、あの時に。
「ああ、お前に似たヤツさあ」
頭上から新たな声がして身構える。灰色の毛並みをした赤耳の犬が"腕を組んで"漂っていた。
「わ!?」
犬は意地悪い笑みをたたえ、虹色の眼をさらに歪ませた。
「俺とも波長があうとはね。なあ、全知全能の神よ」
(アイツに会わなければ)
(アイツが、ハッピーエンドハッピーエンド言わなきゃ)
(ヒントとか言って、操ってきやがって)
(押し付けてこなければ)
記憶が走馬灯のように駆け巡る。重圧をかけられ、わけも分からず狂った日々。
(イッタイ、何だったんだろう)
「これまでの日々は何だったのよ!アンタに関わってロクな事がなかったじゃないっ!」
地面に八つ当たりして、獣化した左手でクレーターを作る。ひび割れ、地割れを起こした土を無視して殴っていると、手に痛みが走った。
「あっ…」
包帯に巻かれた指が人間の物に戻っている。慌てて包帯を解いていくと、体毛のない腕が現れた。
天の犬化が消えてなくなっている。肌色の皮膚を久方ぶりに目にして、喜ぶべきなのにさらに虚しくなった。
(アイツが仕組んでいたんだ…)




