アトラック・シンシア・チー・ヌーの独白 3
「話は変わりますが、辰美さんはわたくしを受け入れてくださいました。なので一生、一緒にいるつもりです」
「私は嫌だ。こんなヤツと生涯同じなんて気が狂いそうだ…」
「気が狂う?失礼ね」
月世弥の言葉にカチンとくるが、嫌だったら冷徹に体から抜け出しているだろう。
そうしないメリットがあるのかもしれないが、ありがたい。話し相手がいるのは精神的に強みになる。
「勘違いするなよ。天道 春木によって封じられているのもあるんだから」
「そ、そうなの?!」
──親愛なる証をさずけるわ。
キスをされ、唇がふれた額に神文字が浮かび上がり─辰美は背筋が寒くなった。
──月世弥に何かあったら私を呼んで。貴方の身体は貴方だけの物じゃないのだから。
(あれかー!)
ゾーッと鳥肌が立つ。額を擦っても何も無いのだから確かめようがない。
「春木さんをなんとかしてよ?!好きだったんでしょ?!」
「ハー?あれは気の迷いだからなかった過去になったんだよ」
「気の迷いって」
学生時代の青春みたいな言い草に脱力する。神を好きになる人は早々いないのだが…。
「あのクソ犬。狂気に呑まれた天津甕星をどうにか封じ込められないか考えをめぐらしたんだろうね。過去に私をもそそのかしやがった。月がないのは、神々や山の女神が神世の巫女を忘れているから、とか言ってきてさ。猜疑心は深まったが、結果私も予想にしない強力なバケモノになってしまうし、アイツ、真性の馬鹿なんじゃね?」
生前の清廉な面影をなくした巫女は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「地頭は良くないのかもしれませんわ」
「ははは!気取ってるくせに!かっこ悪」
「ちょっと、人の事を悪く言わない」
宥めるとエナジードリンクを飲む。甘ったるい化学的な味が頭に響く。
「…アイツ、太陽神と金星の双子の話をバラして山の女神の精神状態を乱すつもりかもしれない。山の女神が正気を失い、町が歪み、最高神の力が揺らぐ。そうすればユートゥーが来てくれる、そう信じ込んでいるんだ」
月世弥は首飾りの勾玉をいじりながら、静かに零した。
「アイツはどうしようもないよ」
「…そっか」
「お前もそうなるな。周りをやるせなくさせるのはやめな」
やるせない。──施すすべがない。どうしようもない。
そんな状態になってしまったら、自力で立て直せるだろうか?
(エベルムは憎いし酷いヤツだ。許せないし、許す気もない。でもどこまでもやるせない)
時空が壊れ、顧兎が去った後は坐視者と偽り越久夜町に度々現れるようになる。
「やるせないけれども、私は許していませんわ。周りは"坐視者"だと信じきっているか、疑いながらも真偽にはたどり着かないのです。それを利用して、何百年と時空に潜伏している…気をつけてください。越久夜町の時空を記録するためという嘘をついて、悪事を働く。それがあのヒトのやり方」
「…一つだけ疑問に思っているんだけど。エベルムは麗羅さんと、太虚で私の前に現れたんだ。協力してるみたいだった…どういう事なんだろう?」
明らかに麗羅のために動いているわけではない。けれども、お互いを陥れる言動も見当たらない。どんな関係なのだろう?
「利害が一致しただけじゃないの。全知全能の神も進展しない状況に業を煮やして、応急処置として、やむを得ないと承知しているんだろうよ」
月世弥が投げやりにソファに腰掛けた。
「そこまでヤバいのかな?」
「そ〜なんじゃないの?」
麗羅とはあれきり会えていない。大丈夫なのだろうか?
(何もなってないといいけど…)
心配しつつもぼんやりとスタンドライトを眺めた。




