呪い 5
「何だあれは」
リネンもこの怪異を初めて目にしたようで、驚愕していた。
居るはずがなかった背後に──髪を振り乱し、装束もはだけ、女性は乱舞する。雅楽の旋律も騒々しく目にしているだけで気が狂いそうだ。
「…さまのお通りだ。頭を下げよ!頭を下げよ!」
トンネルの奥から大勢の足音と提灯行列の灯りが見えた。リネンは素早い動作で拳銃を構える。
「誰だい?場違いな狐の嫁入りか?」
琴の弦がちぎれ、耳障りに響いた。牛の面を被っていた女性は消え失せ、代わりに先頭の松明と後に続く提灯の灯りがさらに近づいてくる。
「牛頭さまのおなーりー」
雅楽が止み、人々の平伏した掛け声がした。
刹那、雨が降り注いだ。雲があるはずのない夜空から。
人の気色悪い喚きがした。いや、牛だ。土砂降りの中、苔むした巨躯が出現する。
大きな異形の牛だった。五角五足五尾の、多頭の牛が気味の悪い鳴き声を発した。
「ぎゃあああ!」
あまりの大きさと地鳴りに、辰美はよろけながらも逃げ惑う。
「麗羅!」
引き寄せようとした瞬間、空から雷鳴が響き渡った。
禍々しい銀色の雨が鏃に、あと引く雨糸は箆に変化した。幾万の矢が空から降り、リネンへ目掛けた。
「ぐっ」
リネンの脳天や心臓に矢が刺さり、体は地面に打ちつけられる。まさに蜂の巣にされた彼女は息絶えたように見えた。
「ひ、ひっ」
あまりの恐ろしさに腰を抜かし、固くうずくまった。殺される。覚悟をして瞼を閉じる──
「辰美ちゃん」
聞いたことがある声に顔を上げる。
「あたしだ。水分だよ、水分」
「み、水分さぁん!」牛の人ならざる者から人型に変身した水分 羽之が、駆け寄ってきた。御厨底町の最高神である。
雅楽を奏でていた"何か"も踊り手もいない。居るのは水分と辰美だけだった。
「よォーし、今とっちゃるから」
辰美の手錠を素手でぶち壊すと、肩を貸してくれる。ココナッツフレグランスが金髪やスエットから微かに香った。
「有屋から連絡が来てさ。辰美ちゃんがいないって」
「拉致されて…けど水分さん。どうやって越久夜町に?」
「あたしを辰美ちゃんだけが越久夜町へ招いてくれただろ?そうしたらあたしは恩義を返さなきゃいけない。まー、ともかく厄を祓うのがあたしの力なんだ!」
「あ、ありがとう!怖かったよぉ!」
「泣くなよ!」
「そういやリネンさんは?!」
「廃人になっちゃったようだね…」
白目を剥いて倒れているリネンは不思議と無傷だった。衣服さえも破れておらず、意識だけを失っている。
「さあ、有屋の事務所に戻ろう。エベルムが何かやらかす前に」
「う、うん!」




