呪い 3
約束を守ると指切りをして、外を歩く。事務所は四ツ岩トンネルへ向かう国道よりにあるシンプルな建物だ。外見は廃墟だが中は綺麗で、生活感があふれている。
座敷牢の建築物といい、部外者には到底知りえないような建物が越久夜町にはたくさんある。
夜風に当たりながら、コオロギや鈴虫の合唱を聞く。山の近くはさすがに肌寒いくらいだ。
トボトボと国道を歩いていると、物音がした。野生動物か?振り返ろうした瞬間に異変に気づく。
「ハンズアップ」
いきなり背後から口を塞がれ、背筋が凍る。加えて金属音がして頭に銃口が突きつけられた。
「騒がなければ撃たないよ」
「むー!」
この声は聞き覚えがある。町外れに診療所をかまえる医者──来家 リネン。
彼女はこちらが両手をあげるのを確認し、満足そうに言った。
「これから亡命を始めよう。越久夜町が滅びる前にね」
(亡命?!何言ってんの?!)
「さあ、行こうか」
手を離され、代わりに彼女は手錠をポケットから取り出した。
「や、やめて!」
「警察官から奪ってみたんだ。別に結束バンドでもいいが、この方が楽しいだろう?」
「脇田さんを殺したの?!人でなし!!」
「君も二の舞になりたいかい?」
死の危険と惧れに首を横にふるのを確認すると、彼女は手錠に紐を括りつけた。
「さあ、四ツ岩トンネルまで行くよ。ただし国道は歩けないから覚悟してくれ」
「どうして…」
「そろそろ総じて越久夜町が壊れる日だからねえ。決まっているんだ。もう君を失いたくない。そして離れたくない。だったらこの呪われた土地から逃げよう。遠い場所で、過ごせばいいんだ」
「リネンさん…」
「私好みに育て直してあげるよ」
一瞬でも同情したのが間違いだった。「離して!誰かー!」
「汝の敵を愛せよ。私はそうしているよ?君が敵に回ろうが、何なろうが愛し続ける」
再び身動きをきつく封じられ、耳元で甘く囁かれた。悪寒が走り反吐が出る。
「おかしいわよ、アンタ」
「麗羅らしいね。君はいつも私にその目を向けてきた。狩猟する際に、罠にかかった獲物がする目に似ている」
銃口を口内に入れられる。金属の不味さに顔をしかめた。
「ほら、喋ってみな。ちなみにコイツはロシアンルーレットで有名な回転式拳銃だ。やってみる?」
「…わかはっはから、ていこうはひない」
「いい子だ」
拳銃を口から出してもらい、無抵抗に連行される。まっすぐに国道を歩けば良いのだが、何やら遠くでライトがチカチカとさまよっているのが見える。
「市民自警団だ。アイツら、普通の人じゃない。神の眷属も混じってる」
草木をかき分ける音や懐中電灯の光がさ迷う。辰美は強引に、国道沿いにある草薮に身を隠すはめになった。
町の自警団がぞろぞろとやってくる。かなりの人数だ。




