情動 6
「俺は様々なパターン、試行錯誤をしたよ。そのキーがあんたの祖父、光路だった。現実への鬱憤があり、利用しやすいし、自分勝手な改変をする可能性が高い。それに坐視者になりたがっている。時空を歪ませるかもしれないと思ったからだ」
結果通り、望み通り、ぐちゃぐちゃになった時空。崩壊した焼け野原でエベルムは立ち尽くしていた。その時、ある一人の人物が町に降臨した。
お待ちかねの顧兎だった。
"月の子"に代わり─これ以上引っ掻き回すのならペナルティを下す。
彼女は"ナニカ"が探していた人物にしては変わり果てていた。しかし気配で、魂で理解する。彼女こそがユートゥーなのだと。
エベルムは待ち望んでいたと、喜びをかみしめる。
顧兎へ必死に再開したかったと主張したが、彼女は取り合わず、何も言わずに越久夜町を去ってしまった。
──どうしてだ?顧兎はこちらを知っているはず。
罰も、何も与えはしなかった。
エベルムは悔しさと怒りにタガが外れていく。
(何て自分勝手なのよ…!)
(エベルムを越久夜町で終わらせ無いと…!)
「そうだな。もうこの町は用済みだ。ならば次の新たな時空へ向かう体として、お前に成り代わってやろうか?存在を食うってのは案外簡単なんだぜ?」
「…離してください」
「生意気な小娘だ。良いだろう。食ってやるよ」
「…私を食べて、何をする気ですか」
強気な緑にヒヤヒヤしながらも、近くにあった石を手にとった。石つぶてくらいなら気をそらせるかもしれない。
「そりゃあ、天道 春木を食ってやるのさ」
「エベルム!」
辰美がたまらずに怒号をあげた時だった。
スウェットのポケットから落ちた可愛らしいコンパクト。その鏡から鮮烈な光が炸裂した。
「んだよ!ちくしょう!」
エベルムは焼き殺され、断末魔をあげる。あまりの光線に毛皮が燃え、あっという間に火だるまになった。
火を纏いながらバケモノは床をのたうち回る。
「エベルム、貴方の話を聞いたわ」
いつの間にか春木が近くに佇み、冷徹に見下していた。
「貴方の本心を引き出すために、釣り餌をしかけたのよ」
「クソッ!幻影か!」
さっきまでいたはずの緑はおらず、コンパクトだけが落ちていた。
やがて焼け焦げた皮や骨になったエベルムは這うように逃げ出した。ズリズリと体液が地面を汚す。
「逃がさない」
山の女神は鉾を召喚し、体にきつく差し込んだ。犬は呻き声を上げながら笑ってみせた。
鉾に刺されても余裕を持っているバケモノは鋭い指先を春木に向ける。
「お前が一番罰を受けなけりゃいけねぇよ、天道 春木」
「そう」
「お前さえいなければ、この町はこうなりゃしなかったろうよ。太陽の子の劣化コピーめが」
「…何を言っているの?」
「いい加減自分で考えやがれ!ボケナス!」
彼がいた空間だけが歪み、瞬時に姿がかききえる。
「逃げたわね。意気地無し」
「あ!緑さんの所に行ったかも!私見に行ってきます」
「私も同行する。坐視者の恐ろしさを目にしたばかりだから。辰美さんだけでは危険だわ」
今までにない言動に、強い意志に頷くしかない。春木が自分から動くのは何か理由があるのだろう。
山の女神の妨害はしてならない気がして、辰美は彼女を追尾して小林骨董店へ向かう。
小林骨董店はいつものように閑古鳥が鳴いていた。
客足はなく、ガラス戸は閉まっている。荒らされた様子もなく、血痕もない。辰美は慌てて戸をスライドさせ、店内に入った。
「緑さん!いる?」
シンとしており、心臓が脈打つ。もしや居間で殺害されてしまったのだろうか。
「おや、お二人ともどうかなさいましたか?」
少しして、平生とした様相で彼女は店先にでてきた。寝癖がひどく惰眠を貪っていたようだ。
安堵しつつも訳を説明する。エベルムが訪れて来なかっただろうかと。
「いいえ。誰も来店してないですよ」
「良かったああ。ドキドキしたよぉ〜」
「あの害獣、害を加えてくるかもしれないわ。今後も気をつけないと」
「そうですね…火炎瓶と催涙スプレーでも常備しておきます」
「暴動でも起こすの?!」
たまに露見する彼女の凶暴性に舌を巻くが、本人は気づいていない。
「よかったら茶菓子でもどうですか。ご近所さんからもらったんです」
「そうね。私からも貴方に贈り物があるの」
改めて山の女神は言った。神妙な表情に二人は緊張する。
「贈り物…ですか?いや、私は…」
困惑した緑が断ろうとしたが、彼女は手を握った。
「最高神の座を貴女に譲るわ。小林 緑」
「春木さん──!」
緑が遮ろうとする。
「大丈夫。次期最高神になるまでみっちり作法やルールを叩き込んであげるから」
チー・ヌーにも言われていた結末が実現してしまった。
太陽の発する痛々しい閃光がイヅナ使いの体を包む。
「うっ…な、なん、で…」
白目を向きバタリと失神してしまい、慌てて支えた。意識を失いぐったりとした体はとても重い。
「緑さんが、起きなくなっちゃった…!どうしよう!」
「大丈夫。再起動したら、存在が再構築されているから」
「さ、再構築って…!」
信じられない言葉にたじろぐ。春木は気にせず、緑を観察している。信じられない。信じられずに眼前にいる存在が神であると再認識した。
「起きたらわかるわ」
「…春木さん」
潤んだ目に、自分に舌打ちしたくなる。意気地無しで情けない。神には逆らえないのだから。




