情動 4
「──分かったわ。有屋、鍵を」
待機していた有屋が下品に舌打ちし、大仰な鍵を持ってきた。
「卑怯者」
乱暴に投げてよこした彼女を、リネンはせせら笑う。
「さあ、釈放の祝い酒でもしようかな」
鈍く光る和錠に気づき、首を傾げる。この様子だと外側からしか開けられないはずである。
「開けゴマ」
彼女は芝居がかった仕草で指を鳴らすと、独りでに解錠した。端から逃げられる力を有していたのだ。
「とんだ茶番ね」
「だから言ったんです。コイツはクソ女だって!」
疲れ果て、アパートに帰るや否や爆睡してしまった。目が覚めた頃には日が傾き、世にいう逢魔が時になっていた。
逢魔が時。これまでの経験上、良い思い出がない。横になりながら汗を拭い、ただぼんやりと玄関を眺めていた。
(お腹空いたなぁ…)
キーマカレーでも食べようと考えるが、湯煎もめんどくさい。この際、自動販売機で例の機能性食品でも買ってしまおうか。
近くにある自動販売機に売ってあったのを覚えている。
大丈夫だ。何かに出くわすほど遠くはないのだから。
外に出る決心をして辰美は起き上がった。
男女の会話が聞こえる。逢魔が時にボソボソと、気味の悪さに不意に手を止めた。
幻聴か、人ならざる者の囁き声か。
前者なら良いと思いながら機能性食品を購入した。
奇妙な、危害を加える人ならざる者でないと頭の隅に入れつつ、歩き出した時だった。
「あ…小…林 緑…お前は坐視者になる覚悟はできたか?」
「…いいえ。坐視者になるのはやめました」
見知った人物同士が歩いていた。この前、緑を催眠状態にして天の犬にしようとしていた癖に。
白々しく会話して引き込もうとしている。
「ふぅん?そうかよ」
辰美はコソコソと二人の後をついていく。デジャヴなシチュエーションだが、今回こそは気づかれたくなかった。
息を殺して忍び足で尾行する。
「光路は俺がスカウトした。時空を改変したい強い意志をくんだんだよ。俺は全てを見通す力を持っている─この町の歴史を、お前の人生を正したいのならば力を貸そう、とね。だが、改変がすぎた」
過ちに気づいた彼は気が狂いそうになっていた。そこにもう一度、エベルムが現れたのだ。半狂乱になりながらも光路は坐視者の力を返上すると申し出たが却下される──
「無理な話だ。返品不可のハイリスクな条件をのんだのはあちらだ。途中で辞めるなんてできないさ」
通販ショップだって、保険会社の契約だって何だって条件がある。それは世の常なのだから。
「光路じゃないとダメなんだよ。あれはな」
「…」
(何だか、緑さんの気配がしない。本当に緑さんなのかな?)




