情動 2
(うわぁ…嫌いなんだな〜)
「おや、今日は山の女神も来たのかい?」
面会に来た顔ぶれを一目見るだけで、町医者は憎らしいほどに平然としていた。
「三十分ほどお邪魔するわよ。来家 リネン」
「ツレないねぇ。あんなに優しかったのに」
冷徹に言い放つ春木にリネンはわざとらしく呆れてみせる。
「ああ、麗羅。記憶は思い出した?」
幻想小説を読みながら彼女は何気なく問うてきた。
「ううん」
「思い出させてやろうか?」
「ご遠慮します」
身を乗り出してきたリネンから離れると、彼女は意地悪い笑い声を立てた。
「可愛らしい事だ」
「来家 リネン」
苛立ちを含んだ春木が話を遮る。
「そうだ。新ヒルヨル開閉所を見に行ったかい?今は使われなくなったガラクタだが、壮観だよ」
「開閉所って何?」
「電力施設さ。電気を送ったり、止めたりする機械があると光路は言っていたよ。私も電力施設には興味がないからよく知らない」
「祖父が…」
緑が複雑な心境で呟いた。祖父の知らない一面だったのだろうか?
「小林 光路さんの話を聞きにきたんだ。話してくれる?」
すると彼女は珍しく簡単に頷いた。
「佳幸は光路にたくさんお世話になっていた。恩義を返さなければね」
単行本を机に置くと、リネンは語りだした。
「光路は佳幸を"別荘"に匿っていた。身の上話をきき、同情したのもあるだろう。自らの境遇と照らし合わせたのかもしれない。東京で起きたミームによるパニックが、三ノ宮家を消してしまった反動で、起き始めた異変と連動しているとも考えたからだ」
「三ノ宮家を消した?そんな…大それた事ができるのですか?」
「できるさ。ちょっとだけ、始まりに差異を起こせばいい。時空なんてそんなものなんだ」
「はぁ…」
三ノ宮一族は小林家を目の敵にして、町での立場をなくした──それはあの廃寺で判明した事だ。
中世に起きた修験者たちの勢力争い。別に特異な出来事ではない。
小林家は元来修験者の一族だった。密教系でありながら信仰対象の異なる三ノ宮家に嵌められ、町では憑きもの筋の家としてほぼ村八分になっていた。
「彼の味方は忌み嫌われた星守家の長男・星守 奈木だけだった」
「それはあの後、手記で知りました…」
「ああ、そうだと思っていたよ。光路はそんな閉鎖的な町と家が嫌いだった…よく、佳幸に言っていたねえ」
───三ノ宮を歴史から消してしまおう。
「緑さん。君なら、現実がくつがえる力を手に入れたら──何をする?」
「…分かりません」




