情動 1
九月。重陽の節句から十日ほど経った頃、商店街が主催した菊花展の菊をおすそ分けしてもらったと、緑が店先に飾っていた。
「キレイな花だね。花なんてあんまり見てなかったなー、これまで」
「菊花展で様々な菊を見れますよ。来年は是非訪れてください」
「来年かあ…」
来年はどうなっているか予想がつかなかった。
「菊の花言葉は高貴、高潔、高尚…良いですね。そんな人間、この世に存在してなさそうですけど」
「あはは…」
土に栄養剤を刺しながら彼女は言う。
「…。辰美さん、見水さんは見つかりましたか?」
「ううん。有屋さんも、春木さんも覚えていないって」
二人に聞いてみても"見水 衣舞"は知らないと言われてしまった。神々さえも忘却してしまった事実に打ちのめされ、思考は停止したままだ。
「幻だったのかも。イマジナリーフレンドとか、そんなんだったのかも」
「そんな事を言わないでください。衣舞さんの存在を否定するなんて」
「ご、ごめん。ちょっと諦めそうになっててさ」
「あ、いえ。私も…。辰美さんに無理強いしてしまいました」
申し訳ないと謝られ、辰美は慌てた。
「ううん。アタシ情けないから」
「…」
「そうだ。リネンさんに、光路さんの話を聞いてみない?」
早速、町役場へ出向き、山の女神へリネンに会えるか尋ねる事にした。顔パスになってきたおかげがスムーズに事が運ぶ。
「リネンさんに聞きたい事があるので、面会させてもらえませんか?」
天道 春木は悩ましげに二人を眺め、顎に手を当てた。
「彼女は人間ではないのよ。人を操る能力を持っている…そうね」
「はい」
山の女神としての権限で、面会は中止になるのかと息を飲む。
「私も傍聴人として立ち会うわ」
春木が無感情なりに闘志をたぎらせている。 「は、はぁ…」
「では、行きましょ」
次は座敷牢がある建物まで春木が自家用車で送ってくれたが、入口には有屋がスタンバイしていた。不機嫌な様子でこちらを一瞥する。
「辰美さん、リネンに会うのはやめなさい。悪影響だわ」
「まあ…」
「有屋。そう邪険に扱うのはやめてあげて。彼女だって、貴方に気を許しているのだから」
「先輩。アイツは麗羅をひどく追い詰めた張本人なんです。アレに会わせるのを危険です」
「麗羅さんは麗羅さんでしょう?辰美さんには関係ないわ」
頭に手をやって彼女はもどかしさに悶絶した。
「辰美さんも大切にしてあげなさい」
諭されて、山の女神の秘書は苦しげに頷いた。
──そして座敷牢へ案内するやいなや、有屋はすぐさま退室していった。




