かこ 1
目を覚ますと視界が定かでない。暗く、天井のない遥かな空間が口を開けて迫ってくる。寝ぼけ眼の辰美は飛び起きて周囲を見渡した。
見た事がない場所だ。下も上もない、虚ろな空間。自分が何故寝そべっていられたのかが不思議なくらい、感覚を確かめられない。
冷たい風に似た冷気といえば良いか、そんなモノが肌を撫でた気がした。
これは夢ではなく、白昼夢でもなく、どこか実在した場所に来てしまったと悟る。奇妙なしめ縄が連なりキラキラと粒子が輝いている。
あれはなんだろう? 辰美は上を見上げていると、ノスタルジアを感じた。前もこの場に来た?
(そうだ。アタシ…この光景を見たことがある)
「ああ…これも違う、これも、これも」
半人半獣の誰かがしめ縄を構成している粒子を指さし、何かを探している。粒子はさながら人類が手にした禁断の光──チェレンコフ光に似ていた。
「なぜ。俺は間違いなんかしていない。これも、あれも」
どこかエベルムに似ている声質に目を凝らした。
「変えるんだ。変えて、改善すれば」
あれは光路か?──光路が、時空を何回も改変したのか?
「同胞。どうだよ、時空をいじくる快感は?」
「俺が与えてくれた力はどうだ?坐視者にも宇宙狩猟の猟犬群にも無い、悪魔の力は」
時空を改変する力をエベルムに力を与えられたのだとも。
座敷牢というと古い推理小説や怖い話が付き物だが、越久夜町にある座敷牢は別格だった。
「昔は犯罪者などを閉じ込めたり、隠蔽したりする施設だったの」
憑き物に憑かれた者もここへ幽閉されたという。
「負の遺産よ」
荒れ果てた山道を抜け、開けた場所に車を停めると、しばし雑草だらけの細道を歩いた。
「これは内密にして欲しい。竹虎は口が堅いけど、麗羅──いえ、辰美さん。貴方、口軽だから」
「いやぁー、ンな事ないですよぉ」
「調子が良いんだから。そういうの麗羅と変わらないわね」
ジト目で言われ苦笑いをする。麗羅もすぐ口外する輩だったらしい。
「サンダルで山登る羽目になるとハ。先に言えよ」
「言えるわけないじゃない。神々も古老もこの話になると怒り出す者がいるのよ」
やがて山奥にある小規模の、廃病院のような建物にたどり着いた。朽ちてはいるがまだ管理されているらしく、電気メーターが稼働している。
「リネンはこの中に居るわ」
「逆さまにされて吊るされてないだろーナ」
竹虎がおどろおどろしい外観を見てとんでもない事を口にする。
「どんな町よそれ」
「落人とか殺害してそうで怖〜」
「はあ、バカバカしい…」有屋は鍵を開けると錆び付いた蝶番の扉を開けた。
埃臭さが篭もり、どんよりとしている。窓に被せられた禍々しい金網の影が木造の床にできている。
「こちらよ」




