太陽の世界 2
「さっきの人、太陽の世界からきたんじゃ…戦争が始まる…?」
「さあね。ただの気まぐれだろうよ」
警戒しながら出現した月世弥もやれやれ、とイツッヤカハラの残した羽を手に取った。美しい青い羽。
「イツッヤカハラはユートゥーと対立関係にあるゲスだ。太陽の子の衛星眷属──手駒だ」
「殺されなくて良かった…」
安堵しつつも、この空間は危険かもしれないと思う。人ならざる者でも人に害をなす者に出会いやすい場なのか。
「そもそも太陽の子って」
「太陽と言っても、天体にあるような恒星ではなく概念的な太陽だよ。月の子の半身だ」
太陽。地球を含めた惑星群の中心。恒星。
「中心と引力だと考えてくれればいい。太陽神の世界は殺戮の世界でね。とんでもないルールで成り立っている」
月世弥は途中、直売所で購入したトマトを手に取り齧ろうとした。が、実体のない体はすり抜ける。
縄文時代に日本列島ではトマトは栽培されていなかったから、食べてみたいらしい。
(なんでトマトがここに…?)
「太陽の子の、お使いのイツッヤカハラさんもとんでもない人なんですの…」
加えて登場したチー・ヌーは珍しく及び腰である。
「恐ろしい存在なのでしてよ。イツッヤカハラ・アアハマワラタシーは。全てを焼き付くし、魂を消滅させる…」
イツッヤカハラ・アアハマワラタシー。別名、栄光たる君子鳥。太陽の名を借りて、栄光なり栄光なり。正気を奪う青鷺。
「見ただけで発狂するとか、根も葉もないウワサが…」
「へ、へえ。物騒だね」
「ウワサはウワサでしたね」
ケロッとしているチー・ヌーに苦笑するが、危険な人物に出会ったのは変わらないようだ。
「こんな事は願わくば二度目はナシにしたいね。辰美。ゆらぎを過眠室に使うのはやめろ」
「すいませぇん…」
素直に謝罪して仮眠室として異空間に入り浸るのをやめると誓った。
天津甕星がアパートの庭でネコジャラシを手に佇んでいた。猫はいない。だが、少女は野良猫を探しているようだった。
二階からそれを見つけ、ソウッと部屋に入るつもりだった。
「辰美ちゃ〜ん。アイスある?」
「ゲ。バレた」
「あはは!かくれんぼしてるのバレバレだったよ」
堪忍して彼を部屋に上げ、ジュースをふるまう。甘い果実味のジュースを美味しそうに飲んでいる。
「この前さぁ、怖い人に会ったんだよね。太陽の子の世界から来た…」
「へえ、太陽の子の衛星眷属にあったの?」
少女は悪戯っぽい顔でこちらを覗き込んできた。
「え、天津甕星も知っているんだ?」
「まあね。チー・ヌーと戦った時にさ、ゴロツキ犬から情報をもらったんだ〜」
脳天に鋭い針が刺さり、彼は呻いた。天津甕星の頭部から生えた触手だった。
──アンタから月神の力もらうぜ!
あの壮絶な場面はそうそう忘れられない。
「この町の天津甕星は──どうやらオレはね。太陽の子の世界から来たらしいんだ」
「じゃあ、あの子みたいに焼き殺すとかするの?!」
「ナニソレ?あははっ!おっかし〜!」
ケタケタと少女が笑う。安心するも、摩訶不思議だと感慨に浸る。




