瞑瞑裡の鼠 「瞑瞑裡の鼠」
月光を反射して何かが移動している。猫しては形が歪で、リスにしては大きすぎた。
目を凝らし正体を見破った。ネズミだ。それもハツカネズミのような可愛らしい部類ではない。都市部に住み着くスーパーラットである。
そのネズミは電線を伝っていく。そいつはハクビシンより大きくブクブクに太っていた。異様な雰囲気にヒロミは察する。ヤツが悪さをしている術者だと。
「あいつだ。」
突如生垣から現れた狸も尽かさずネズミへ威嚇した。ついにやってきたのだ。
「あれが悪い魔法使い?」
辰美が眉を潜め問うた。拍子抜けしているのは、脳内では魔道士を想像していたのだろう。
悪魔を体現したかの如く、ネズミの眼孔はくぼみ奇妙な光を宿していた。その目はあらぬ何かを見据えどこかへ向かおうとしている。
化けネズミを狸たちが殺気立った熱視線で追う。あちらはスポットライトを浴びているのも眼中にないようだ。
「おーい!」
辰美がネズミへ声をかけた。
素っ頓狂な行動にその場にいた者は腰を抜かした。なんてことを!これじゃ自ら尾っぽをだし喧嘩をしかけ―
小汚い獣が動きを止める。ゆっくりと確実にこちらの存在を認識してしまった。わずかに空気を嗅ぎ、悟ったのであろう。
「ギェーッ!」不協和音を発しネズミが牙を向く。あれは本当に呪術師なんだろうか?ぎょろりと眼球がヒロミを捉えて放さない。敵か―都合よく現れた餌とでも認識しているのか?
背筋に悪寒が走る。あれはヒトではない、獲物を狙う獣の気色だ。
ネズミは再び短く鳴いて鼻をひくつかせ、こちらの出方を伺っている。仕草こそはどこにでもいるネズミであった。
「忠告はしたはずだ。まだ、諦めぬというのか。」
狸が我慢ならぬと静かに問いただした。
「愚かな人間よ、お前のしようとしていることは町の鎮守が許さない。」
沈黙を守り続けるだけの「人間」へわずかな苛立ちを募らせた。黙秘やもはや聞く耳を持たず。ひくひくと鼻を動かし未だにこちらをじっと見つめている。
「あの時はどうも!」辰美が場違いなトーンで話しかける。真の意味で状況を把握していないのだ。悪い魔法使いがどんな行いをし、失われた技術を行使する危険人物であると。
ネズミが耳障りな咆哮を上げ、体を丸くした。背中から大量の羽虫が湧き出、軍団になって飛びかかってきた。
少女の魂を貪り食うつもりだ!
「ど、どうしよう!」
頭が真っ白になりかける。「あ、あ…!そうだ!」
幸いなことに町に出向いた時の服装と-夢札を所持していた。本来夢札は争いごとには無縁な代物である。幸を授けるに相応しく戦いにはまったくもって機能しないのだ。
ヒロミは咄嗟に夢札にかけられた魔法を無効化する。上書きをするために。
「あの子を守ってっ!急急如律令!」
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