ポスト・アポカリプスと宇宙猟犬 1
八月の苛烈な暑さも収まり、最高気温も二十八度くらいに下がってきている。夏の空も様変わりし始め、どこか清々しい。
そんな昼下がり。
「シンシアさん。私今、本当に透明人間になってんの?」
「鏡を見てください」
鏡に映らないのを確認し、驚愕する。
「すげぇ…」
チー・ヌーを吸収した事により、"ステルス機能"を手にした。こちらは一切写っておらず、向こう側が丸見えだ。
「これが干渉者の能力ですわ」
自慢げに少年は胸を張った。彼からしたらこの能力は誇りのようだ。
「ステルス機能というよりは、存在を現実の内側にある薄い膜に体を滑り込ませる異能です。人にも魔にも感知される事もなく、肉体ごと移動できるのでしてよ」
「最強じゃん」
「ただし、わたくしの許可が必要です」
「うん」
「主導権を半分渡さなければならなりません。人間の心身では二分も持たないでしょう…」
「ええっ?!早く言ってよ!」
ビビっていると姿見に魔法の如く自身の姿が映る。ホッとしていると少年はくすくす笑った。
チー・ヌー曰く地球の理を無視できる。空を歩くのも、何もかも自由だ。
ただし月世弥のように宇宙にはいけない。ゆらぎに頼っているのと、接続するというよりは環境に依存しているからだ。
(わ〜…マジの超能力者じゃん…)
己の人ならざる者を見える目を超能力と偽って、インチキ占いをしていたのが霞んでしまうほどの状況に、ワクワクしている自分がいる。
それからはチー・ヌーの許可を得て、世界中の隙間を移動できるようになった。隙間というよりは淀みだというらしい。
神々や魔たちは淀みをゆらぎと命名した。それは日本語でも外国語でも同じなのだそうだ。万国共通の認識であるのだ。
"ゆらぎ"は干渉者でも番神でも宇宙神や宇宙獣の物でもない。
様々な邪悪なる者たちの発する瘴気である。邪悪なる者たちの生み出したエネルギーはお互いに引き寄せ合い、淀んだモヤのように宇宙を漂う。
人類に害をなす人ならざる者たちにゆらぎは色んな用途をされ、あるいは邪道な人間にも使用される。
宇宙は二つの側面をもち、神々のいる未知なる領域と星々の物理的な領域がある。
二つは重なり合って、または剥離している。
プランクトンや微生物が死骸を貪るように、分解した物がゆらぎや歪みになる。邪悪なる者側からしたら住みやすくするための機能であり、二酸化炭素を酸素に変化させるための作用に似ている────。
そんなゆらぎを伝い、瞬間移動のように様々な場所へ行く。
綺麗な草原。美しい海原。崩壊した大きな教会。不思議な、半壊した近未来的なタワー。荒廃しきった有名な都市や町。
現実逃避のために、辰美は世界を知る。
人はいない。この星に、人は昔のようにいないのだ。




