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約束 1

 秋を告げる鈴虫の音。他の、悲しげな虫たちの合唱。

 八月の気配が、記憶に上塗りされていく。

 静かに泣いていると、視界がやけに明るく見えた。泣きすぎて目がチカチカしているのかと思い、擦った。


 異形の小動物や虫の発する幻想的な青白い光──燐光が、そこかしこで生まれ、照らし、夜を彩っている。


 蛍光(けいこう)とは異なる、不思議な景色に辰美は息を飲んだ。これまで人ならざる者は可視できたが、彼らが発光しているなど知らなかった。


(キレイ…)

 涙を流すのも忘れ、異界の妖光に見蕩れる。


「美しい、と思いました?」

 隣にいつの間にかチー・ヌーが座っていた。

「あれは命が発する光。わたくし、干渉者たちはあれを目印に星へ飛来するのです」

「地球の他にも、生命がいるんだ」

「ええ。生命がいる星は一際輝きますもの」

 美麗なる横顔がシニカルに歪んだ。

「太陽の光で照らされてるんじゃなくて?」

「そうですのよ。恒星とはまた異なる光発をしているのです。侵略しやすいように、わたくしたちは進化したのです」

 捕食者の顔をした元干渉者にゾッとした。あれだけ執着していた倭文神を惜しみさえしない無機質さにも通ずるものがある。


「子守唄でも歌ってあげまちょうかぁ?」

「いいよ、寝るからっ!」




 様々な能力が現れ始め、混乱しつつも季節が秋に向かっているのに気づく。

 夏にとらわれるのも時間の問題だと、複雑な気持ちになる。見水を探すのは一旦中断した。町中を探してみたが彼女はいなかったから。

 人ならざる者が発する光が見えるようになったのもある。気を紛らわすように、不思議な世界に没頭した。


 現実世界で野生動物や人間の形をしている者が人ならざる者の燐光を発している事もある。あれは人外か、神霊か。

 有屋 鳥子の他にも、神が人として生活しているみたいだ。


 ある日、弱りきったエベルムがスマホをいじっているのを見かけた。

「あれ、エベルムだけ何だか光が違う…」

 異様な光。血のような赤。警告色。奇妙なネオンライトのような光を発している。

 人ならざる者たちの柔らかな燐光とは一線を引く、嫌な光だった。


『あれは邪悪なる者が発する光』

 解説するように脳内でチー・ヌーが言う。

「邪悪なる者?」

 すると彼はいきなり表に出現し、浮遊しながらも草薮に身を隠す肉食獣のような静けさで言った。

「警戒しなさい。息を潜めて、バレてしまいます」

「な、ん?!」

「シッ!」

 慌てて口をつぐみ、物陰に隠れた。遠巻きにエベルムを見やる。彼からは未だに鮮明に"邪悪なる者の光"が発せられていた。


『干渉者はそれを目印にしていますのよ。あのような光には近づかぬように』

 あれは坐視者ではない。皮を被った邪悪なる生き物だ。

 邪悪なる者の光が見えるようになる──それはエベルムが食神鬼である"ティエン・ゴウ"だと露見するという事。


『エベルムは越久夜町の皆を偽っていますわ。干渉者から見たらバレバレなのに、やる気がないのか分析不足か…アノヒトらしいですね』

「じゃ、じゃあっ!それを実証すれば!」

「バカか?これを話せば、あのクソ犬に消されるだろうが」

 いつもの事ながら突然現れた月世弥に窘められ、こればっかりは秘密にすると決める。


「あのー」

「ぐぅ…クソッ」

 スマホを打ちながらも苦しげに呻くエベルムに、辰美は素直な気持ちで心配した。

「大丈夫?あれから具合悪そうだけど」

「ダメに決まってんだろ。ちくしょう。あの野郎…」

 息も絶え絶えに彼は悪態をついた。


「時間がねえ…あの約束、まだ時効じゃねえよな?」

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