瞑瞑裡の鼠「悪」
「人の魂の意識と夢の隙間、って言うのかな。誰かが秩序を乱したら、皆の潜在意識を傷つけることになっちゃう。現実世界が大変なことになるのよ。」
「…うーん。スピリチュアル的な?よくわかんないや。」必死の説明もなあなあにはぐらかされてしまった。彼女もリネンや両親と同じく、違う世界の住民なのだ。狸がお互いの領域を「尊重」したように、自分たちも無理に交わる必要はない。
「それでいいんだよ。」
「なに?!まるで私が一般人みたいな言い草はっ!?」
誇大妄想でも患っているかの疑わしい言動に肝が冷える。まあ、いいや。彼女は口を尖らせぶうたれた。
「私はさ、人じゃない者が見えるんだよ。人間に似ているけど違う者、あからさまにそうじゃない奴とか。他の人には見えないモノが、この眼には映るんだ。」
「その眼って、すごいじゃないですか。人の世界と異界を同時に見れるって事ですよね?」
「すごいって訳ないよ。異界とかは全然分からないけど、人に取り憑いた霊とか化け物とか、そんなんばっかり見えたり…気持ちも下がるし、いい事なんも無い。」
「…そう、ですか。」彼女のような異界を覗く目を持つ者はたまに、いや、稀に産まれてくる。その者は太古の昔ならば神々に仕えたり、または始祖として君臨するはずの人物であった。
「だから、これは超能力なんだって割り切ってんの。私は数少ない異能者で、何か使命を与えられてるんだー!とかね。」
ニカッと笑ってみせたその表情は空元気に見えた。
「今回は、なんか訳わかんない世界に来ちゃってびっくりしてるけど。ヒロミさんがいるからそんなに怖くないよ。それに」
「どーせ、夢なんだし。」
これは夢だ。よく分かってらっしゃる。
「私、佐賀島 辰美っていうんだ。よろしく。で、あなたはヒロミさん。」
手を差し出されフリーズする。握手を求められているのだと気づき、慌てて手に触れた。暖かい。まるで生身の人間みたいだ。
ネズミに化ける魔法使いに生死を握られているのをありありと実感させられる。
「なんて呼べばいいかな?タツミさん?」
「呼び捨てでもいいし、なんでもOK。でさ、何してたのよ?まさか帰れなくなって、ウロウロしていたとか?」
矢継ぎ早に話を帰る娘だ。若い証拠か。
「越久夜町を荒らしてる悪い魔法使いに連れてこられたの。あなたも多分、夢を経由してここに閉じ込められたんだと思う。」
「…へえ、なんかぶっ飛んでる。なんか、見水が町で良くない事が立て続けに起きてるっていってたかも。悪い魔法使い、ってののせいなんだ?」
「そう。魔法を悪い方向に使って、町を破壊してる。人の魂を手にして何かを企んでるの。どんな見た目かは分からないけど、気をつけて。」
「その、悪い魔法使い?わたし、そのひとに会ったことがあるかも。」
辰美が顎に手を当てううむと唸った。
「それは?!どこで?!」
「占い師として店を構えていたんだ。そしたら、浮浪者がやってきて手相を見てほしいって。」
当然彼女は手相占いのやり手ではない、先程言ったように不思議な眼を持っているだけのインチキ占い師だ。それに浮浪者だと金さえ持っていないかもしれないのである。丁重にお断りしようと思索していると浮浪者が銭を出してきた。
おまけに自らを大悪党の魔法使いだと名乗った。困った客だと思いつつ、同時にこれが夢であると悟ったという。
夢を見ているのにとてもリアリティがあり、風の感触や湿度まで生々しく感じられた。奇妙な浮浪者を前にする緊張感までも。
大悪党の魔法使いは「占い師」に興味を持ったとも言っていた。この世界で占いをしている酔狂な人物に、是非とも意見を聞きたいと。
「しょうがないから、占ってあげたよ。タロット占いと軽い相談相手になってあげたの。」
─夢の中でね。
「なにか悪いことされました?」
「さあ?何かされたとすれば…面白い、今日は見逃してあげるよとか何とか。意味のわから無い言葉を言われたのと、こんな訳の分からない夢を見させてくれたってだけかな?」
それ以上もそれ以下でもない起伏のない夢。まやかしだとはいえ占い師として働いたのは事実だと大学生-辰美は嬉しそうだ。
「どんなことを話したんですか?」
「ねえさん、仕事モードはそんな感じなの?残念ながら悪党とはいえお客さんだからね、企業秘密よ。」ニヤニヤと彼女は笑う。
歯がゆいが、ホイホイと個人情報を話してしまうのは人間性がない証になってしまう。占い師としての弁えを辰美なりに持っているのだ。
「…そう、どんな感じの人?」
「ボロボロの格好をしていて、顔はあんまり思い出せないなぁ。モヤがかかってるみたいに、何でか…。でもあんまり悪い人には思えないけどなあ。だって私を見逃したんでしょ?」
「…悪行は悪行ですよ。」
悪は悪なのだ。罪を恨んで人を恨まずとはいえ、件の魔法使いはタブーを犯している。神域を破壊し魂を奪い、神と人を愚弄した。もはや情けや哀れみなど必要ないのだ。
罪を犯した魔法使いはどうなるのだろう?「お上」に捕まり、牢獄に入れられるのだろうか?拷問などを受け、見せしめにされるのだろうか?
何故、悪い魔法使いは越久夜町を壊そうとしているのだろう。町が嫌いなのか、それとも──。
「あれ、なんだろ?」
辰美が入り組んだ路地の先を指さした。弱々しい月光に照らされた電線に何かがいる。
感想待ってます。
メンタルがポキポキ折れています。どうか…反応をください。