九月へ続いていく
八月が終わった。"九月の"朝だった。
「起きて〜?辰美さん、朝ごはんのお時間ですのよ」
軽めの往復ビンタというモーニングコールで無理やり起こされ、辰美は目を覚ました。
「シンシアさん…毎朝起こさなくていいからぁ。緑さん家に行く日は決まってんの〜」
傍らにいた月世弥がはぁ、と溜息をついた。
「やかましい。早く捨ててくるか何とかしてくれ」
「月世弥さん、あなたこそ文句ばかり言うのなら出ていってみては?」
「あー!小賢しい」
話し相手ができてよかった、と辰美は内心思っている。チー・ヌーはあれからうって変わり、懐いた猫のように擦り寄ってくる。
常日頃、何かと出現してはぺちゃくちゃと話している。最初の肩透かしな態度は、まるでひとりぼっちでひねくれていた子供みたいだ。
月世弥は飽き飽きしただの、鬱陶しいだの文句ばかりをたらしている。
寝ぼけながら布団から出るや、カレンダーを確かめた。『九月』と書かれたカレンダーをめくれば十月がある。
(良かった〜)
毎朝の日課になりつつあるそれに、辰美は自嘲する。
些細な変化に安堵して、洗面所に向かう。吸収したチー・ヌーの銀髪が影響して、自らも銀髪になってしまった。
白銀の髪になってしまったのを指で絡めながら、ぼんやりと鏡を見る。
「やっぱりちょっとカッコつけてるみたいで恥ずかしいや…」
「バンドマンみたいでかっこいいよ〜!」と、見水の目の煌めきようを思い出しながらも、歯を磨く。
「金髪に染めてる人もそうそういなかったから、今更じゃないか?」
「ぐっ。はいはい、そ〜ですね」
あくびをする月世弥を意外そうに眺めつつ、朝ごはんの食パンに手を出そうとした。
誰かがドアをノックした。大家さんだろうか?
「はーい!」
「辰美〜、おはよう」
「見水?なんで今?どしたの?」
玄関のドアを開けた瞬間に、見水が優しく抱擁してくる。あまりの出来事に固まってしまった。
「何もしてあげられないけど、何があっても辰美の味方だから」
「み、みみ、見水…?!」
「私が居なくなったとしても、味方であった事を忘れないで」
「え?!え、な、な?!引越しするの?!」
遺言のような言い草に辰美は思わず引き剥がしてしまった。
「あ〜…虫の知らせというか、嫌な予感がしてさ。私が居なくなったら辰美、寂しいかなーって」
「やめてよーっ!縁起でもない!見水はまだ生きてるでしょ!!」
「そうですよ。見水さん。縁起でもない」
階段を登ってきたのはイヅナ使いの緑だった。
「九月になったので、来てみました」
「そうそう!私も」
「そうだったの?!ビックリさせないでよっ!」
ドキドキと音を立てている心臓をなだめすかし、深呼吸をする。
正確には八月三十三日があったのだが、やっと九月一日になったのだ。八月を二回過ごした人たちはこぞって確かめに来たらしい。
九月といえど夏は続いている。緑と二人で談笑していると、辰美はふと裏寂しくなった。
「秋になったらさ。私たち、いつもみたい一緒に居られるかな」
「…」
「私が人間じゃなくなっても」
「ええ。辰美さんは辰美さんですよ」
「ありがとう…あのさ」
ハラリ、と古びた週刊誌から一枚、千切られたページが緑の腕から落ちた。
(あ…)
緑は気づいていない。
『見水 佳幸』
見水 衣舞の顔が白黒で載っている。佐賀島 辰美を間接的に殺した──




