スナッチャー 5
「次こそは私も覚えていますから」
「…」
今まで寄越してこなかった握手を求められ、ゆっくりと、怖がりながらも手を握った。冷たい、それは青ざめた自らの手の温度か。
「私、次はいないかもしれないけど…よろしくね」
(これで終わらせたくない、けどどうしたら?春木さんも、緑さんも…麗羅さん、何とか言ってよ)
最初に出会い、あれから地球を司る神霊──仙名 麗羅は一言も一度たりとも姿を現していない。辰美は本来は麗羅のはずであり、彼女が本来解決すべきなのだ。
(そうよ。なんでアタシが)
「麗羅さんがやってよ!人になすり付けるなよ!バカ!」
ムカムカした気持ちを抑えきれず空に叫んでしまい、恥ずかしくなった。驚いたセミが水を噴射しながら飛んでいく。それがわずかに顔にかかり、踏んだり蹴ったりだ。
「あ…」
あんまりな仕打ちにトボトボと歩いていると、アパートへ続く路地にネーハが立っていた。こちらに気づくや否や会釈してくる。
「久しぶり」
「ああ、久しぶりだね。有屋さまがアパートの前で待っているよ」
それだけ言うと早足に、先へ歩いていってしまった。
「待って…」
「…。有屋さんなら、一緒に何とかしてくれるかな…」
己の他力本願な言動に嫌気がさす。けれど越久夜町にいるこの佐賀島 辰美はそういう奴なのだから。 今更直そうとしても簡単には直りはしない。
一般的な、昭和の空気を漂わせるアパートの前で、駐輪場で、何やら一悶着が起きている。二人の大人が何やら揉めているように見えた。
興味があるが絡まれたらめんどくさい。恐る恐る近づいてみると、天津甕星が有屋 鳥子に首根っこを捕まれ捕獲されていた。
「あ〜、辰美ちゃん。この他力本願かオンナを何とかしてくれよぉ」
「仲良くなにやってんですか?」
「コイツが前に言ってた計画を実行しろってうるさいんだよう」
「天津甕星、よろしく頼むわよ」
問答無用だと彼女は言ってのける。ジタバタする星神は間抜けに空をかいた。
「成功するとは言ってネーダろー」
「…お願い!私からも、助けて欲しいの!」
頭を下げ、こちらも懇願する。辰美の様子に彼は唸って悩んでみせた。
「どっちもどっちだぜ?明るーい未来は来ねえよ。それでもいいのかい?」
「うん」
「じゃあさあ、オレを"元の世界"に戻してくれよ?」
「元の…」この人もどこか遠い世界からやってきたのだと──もの悲しくなった。
本当に元の世界が良いのだろうか?
「わかったわ。私も手伝うから、やりなさい」
「あーあー…、はーい…がんばりまぁす」
やる気のない返事をして、彼はヘラヘラしている。明日、何もかもが変わる。
これから幸いして九月が来るかもしれないし、世界が終わるかもしれない。夏休みも終わりが近くなるかもしれない。
想像できぬ未来に途方に暮れながらも、辰美は頭の隅で三ノ宮一族から奪い取った剣を思い出した。
八月三十一日。
雨が降りそうな天気。生ぬるい風が町に吹き付け、不快な湿度に汗が滲む。
辰美と有屋は極秘で荒れ野にやってきていた。背丈ほどある草薮により、紛れ込んでいてもバレやしないだろう。
「なに?そのでかい棒?」
「木刀を持ってきてみました!」
包帯と新聞紙で舗装した剣を無理やり抱えながらやってきた。それを訝しがり、彼女は口を開こうとした時──
春木が柏手を打つと、すると荒れ野から先にある住宅地に結界が形作られた。
辰美らは彼女に気づかれないように草陰に身を隠している。小高い丘から望む景色は草薮により不明瞭だが山の女神の姿は目視できる。
そう、もう逃げ場はない。




