スナッチャー 1
花火大会から少し間があき、八月も終わろうとしていた。月末になり、またリセットされ一日が繰り返されるのかとハラハラしつつも日常を送る。
いつも通りに辰美は緑と古い雑誌の片付けをしていた。
中でも要らなくなった新聞紙をまとめていると、イヅナ使いは立ち上がった。
「疲れたでしょう。辰美さん。今からお菓子を持ってきますから」
「ありがとう」
店先から消えたのを見計らい、ソッと緑が熱心に読んでいた新聞の束を、そっとめくってみた。
そこには『女子高生謎の集団不審死』という見出しがでかでかと掲載されていた。
『高校で集団パニック』
『自殺した女子高生を見た──目撃相次ぐ』
『宇宙人?タコ?愛犬がタコに変わる?』
「なんだこりゃ」
『佐賀島さんの自殺に関与した容疑者、判明する!』
『容疑者K、行方不明になる』
『最後の目撃情報から埼玉県へ逃亡か?全国指名手配に』
(これって、本物の佐賀島 辰美さんに関する記事?)
なぜ、緑が手にしているのだ?いや、これは小林 光路の物だろう。
問題はなぜ、この時空の小林 緑が手にしているのか、だ。
辰美は慌てて元の位置に戻ると、何も見なかったとすました顔をした。
(タコ…確か、干渉者の原型もタコだから)
愛犬がタコになってしまった──それは干渉者になったと解釈していいのだろうか?
「チョコクッキーしかありませんが、いいですか?」
「やった。いっぱい食べていい?」
「ダメですよ」
アパートの一室で電池の切れたロボットのように、壁に寄りかかり脱力していた。
頭の中で新聞記事の残像が浮かんでは消えていく。あれは多分、この時空の物では無いのだろう。
(緑さんは、私が本物の佐賀島 辰美じゃない事を知っている)
自ら明かしたのだから恨みや後悔は無い。しかし辰美以上に事実を知っている。
(アタシに教える気はないんだろうな…)
物悲しいような苛立つような、嫌な気分になった。涙が出てきそうになり、目を擦る。
手についたのは涙ではなく、奇妙な泥だった。
「あ──」
この前も同じ事があった。これはカオスだ。
カオスが漏れ出てて、自分は眼球が壊れるのも時間の問題だと悟る。
もしかしたら辰美という体も自壊してしまうのではないか?
カオスが髪飾りに滴り、光を放った。
──かつて越久夜町に初めて太陽神が誕生した時、太陽神は神々に生け贄を求めた。その事に腹を立てた双子の金星の神は、太陽神に向かって槍を放った。
しかし、太陽神に槍を跳ね返され、自身の頭に刺さってしまう。その瞬間から干渉者になってしまったという。
(これは…?何?誰の記憶?)
「オレは、そんな奴なんだ」
黄昏ていた天津甕星は月神に打ち明けた。(天津甕星の記憶?)
「太陽神がもし生贄を求めても私が阻止してみせる」
月世弥に瓜二つの──"月神"はそう言った。純粋で、それでいて凛とした決意。
変なやつだと彼は呆れた。─人間の持つ複雑な感情というモノを持ち合わせているみたいだ。
──なんて危ないヤツなんだろう。天津甕星は自らが心配するのに驚いた。こんなヤツと居ると自らもおかしくなるに違いない。
(太陽神って…春木さんじゃないよね?)




