夏休みの花火大会 4
「大丈夫ですか?!らい──」
「辰美、私は辰美っていうの」
「た、辰美さん、ですね。すいません」魚子が気遣ってくれたが、野生動物の容姿では心臓がドキドキする。
涙を拭いながらグリズリーを見据える。
「ありがとう…」
「いえいえ…あ、私は諸事情によりおいとましますが…また会いましょう!」
ニヘラと笑ったのだろう。優しげな気配に更に気が抜ける。
彼女の姿が半透明になり、徐々に消失していった。大きなグリズリーが消え、その後ろから有屋が駆け寄ってきた。
「無事?」
「はい…」
「よく見車を川に放り込めたわね」
「え?」
魚子は誰の目にも写っていなかったらしかった。辰美は不思議と物悲しい気持ちになり、無理やり笑ってみせた。
「誰かが助けてくれたみたいで」
「…?そう」理解していない有屋は肩を貸してきた。
「膝を怪我しているわ。後で治療しなきゃ」
「あ、ホントだ…」
いつの間にか膝から血が出ている。必死になりすぎて痛みも感じなかった。
有屋 鳥子。見水 衣舞。そして辰美。
三人は車内で涼みながら、春木の言葉を聞いていた。
「リネンさんを座敷牢に軟禁します。危険人物として町の重鎮を集め、事情も聴取するわ」
春木は緑と合流する前に、橋を見ながらそう宣言した。
「リネンさんは身分を詐称していたみたいだし」
「ええ。見車 スミルノフは元から危険な輩でした。先輩」
リネンは先程、警察官と役人に連れられ事情聴取を受ける事となった。銃刀法違反で現行犯逮捕だった。
猟銃のみならず拳銃を所持していたためだ。
「…辰美さん、大丈夫だった?他に怪我は?」
「あ、もう大丈夫です。なんとか」
有屋が持っていたミネラルウォーターで傷口を洗い、絆創膏までもらってしまった。
「ごめんなさいね。もっと早く駆けつけられなくて」
春木は申し訳なさそうに小さく謝罪した。
「別に!いいんですよっ!」
「私は独りよがりだったのかもしれないわ。リネンさんと協力して…」
「…」
「リネンさんの素性を有屋から聞いたのよ」
「竹虎から見車 スミルノフの話を聞いたから、気づけた事なんだけれど。恐ろしい…」
「確かに怖かったです」
今、見水や有屋たちと話していなければ恐怖でおかしくなっていただろう。正気を繋ぎ止められて良かったと安心する。
「緑さん家で夕方になるまで休みましょう」
それぞれに持ちよったお菓子などを飲み食いしながら、雑談する。普段は交差しないであろう人物たちの雑談というのは、現実感がなかった。
辰美は古びた花火セットを持て余しながら、その光景を眺めていた。
「あら、随分古い花火ね」
「さっき迷い込んだ荒物屋さんで買ったんです」
「荒物屋…今は無いはずだけど」
その言葉に春木はアイスコーヒーを飲みながら、記憶を巡らしている。
「昭和にあったわね、確か。山田商店とかいう」
「そう、それです!」
山田商店の字面をまだ鮮明に覚えていた。
「あのホテルを見たの?」
「はい…」
「…まだダメなのね。まだ…」
悲しさと悔やみをない交ぜにした声音に、何も言えなくなる。
「貴方も慰霊碑へお参りした方がいいわ。きっと、何か伝えたかったのよ」
「そ、そうですよね」
内心はお祓いに行きたい気分だが、寺は生憎騒然としている。それにこの気持ちは失礼だ。無念の魂たちを逆撫でせずに粛々と慰霊碑へお参りに行くのがいいのだろう。




