夏休みの花火大会 3
「偽りなどやめ、自然な理に従い麗羅になれ」
甘い、とろけるような声音で言い寄ってくる。不快だ。この上なく不快だ。
「これまで"支配せず"助けてやったのは、そのためだ。君は麗羅だからだ。麗羅としてもう一度、私の元においで」
「マジやめて…っ」
「今度こそは拒絶されようと一緒に終わろう」
辰美は気持ち悪さに耐えられず号泣しそうになった。生きていく中で強姦される気持ちなど知りたくなかった。
(なんで…こんな目に)
絶望しかけた自分の腕が勝手に、リネンの腹を蹴り上げた。彼女はよろけて転がる。
「ふぬけ」
月世弥だった。巫女は立ち上がり、町医者をねめつけた。
「個人の証明は、その個人が決めるのだ。傍観するふりをした支配欲の塊めが」
ドスの効いた声でリネンを罵った。
「他人に魂や人格を踏みにじられるのが嫌いなんだよ。クソ女」
「怨霊のなり損ないがでてきた」
(いこう。こんな女の近くにいるだけで腐りそうだ)
体を返上し、月世弥は吐き捨てる。確かにそうだ。今すぐ逃げた方が身のためなのだ。
辰美は相変わらずの薄笑いを浮かべたリネンをきつく軽蔑し、歩き出した──しかし拳銃をかまえる音が聞こえ、腕をかすった爆音に身を緊張させる。
「手を上げろ」
威嚇射撃され、渋々両手をあげた。
「麗羅。君を一目見た時から"天運"を感じたよ──"運命の人"は私なんだ」
(運命の人って…)
吐き気がする。運命の人などテレビドラマや漫画でしか聞かないのではないか?
竹虎が言っていた事はあながち間違っていなかった。リネンは、見車は麗羅に執着している。
「うっ」
ドサリと何かが飛ばされ川に落ちる。振り向くとグリズリーがリネンを放り投げていた。
「麗羅さん!大丈夫ですか?!」
「ひいいっ」
「私です!魚子です!」
大きなクマがいきなり現われた事に怯えてしまうが、彼女を知っている。
「な、魚子さん…何でここに?」
「見車 スミルノフ!あんな行為を働くなんて感心しないわよ」
魚子の背後から有屋の声がした。川に落ちたリネンを見下ろすのがわずかに見える。
「人ならざる者どもめが」
「辰美!」
「見水ぅ!」
気がつけばあの景色はなく、いつもの越久夜町が広がっていた。対岸には見慣れた商店街や山並みがある。あの奇妙な時間は消え去った。
ホッとしていると、
「やああーっ!」
気合いの入った叫びが響き渡った。逃げようとしたのか、あるいはこちらに復讐しようとしたのか──見水が町医者に見事な背負い投げを決めた。
不意をつかれ、地面に叩きつけられたリネンは逃げも隠れもしなかった。即座に有屋や春木が押さえつけ、拘束する。
「リネン、ルール違反よ」
ヘたりこみ、深く息を吐いた。銃を打たれるのも強姦未遂もとても怖かった。体が震えて力が入らない。怖い。涙が止まらない。




