夏休みの花火大会 2
財布から硬貨を出して即買いする。多少湿気っていても支障はないだろう。
ウキウキしながら荒物屋から出ると、先ほどまでなかった建物に釘付けになった。
四階建の大きめの、屋上塔屋があるホテルがそびえ立っている。見た目も相当古く、窓ガラスからはカーテンが閉まっていて中は見えない。不気味だった。
人の気配が全くないのだ。
「越久夜プリズムホテル?」
有り得ない。越久夜町には旅館は一軒しかないという話だったはずじゃないか。記憶の中の越久夜町の景色に、この大それた建物はなかった。
──これは現実の建物ではない。
気づいていち早く離れようと思った。小走りに道を戻り、墓碑群の前で辰美は背後を振り返った。
「今度は何に迷い込んだのかい?」
リネンが向かい側から余裕綽々な様子で歩いてくる。
「リネンさん。奇遇ですね…」
「ああ、こんにちは。辰美さん」
「あの建物、現実の物じゃないですよね?」
四階建てのホテルはまだ陰鬱に佇んでいた。
「ああ、あれは日本でもかなりひどい火災があったホテルだよ。随分前だけど死者も出た。それ以来、越久夜町の人たちは旅館を畳んでしまってね」
「えっ…じゃああれ」
「たまに出現するんだ。時期は違えど、時間帯でね」
それに"今日まで"はお盆だ。彼女はそう付け加えた。
「あの世とこの世の境目に君は迷い込んでいるんだよ。辰美さん」
「えー、ま、またぁ?」
「助けてあげよう。しかしだ。私の手を取るのなら、の場合だが」
優しく手を差し伸べ、彼女は言った。
「え…あの?」
「まさか無償で助けてもらえるとでも思っているのかい?」
その言葉に声を失った。リネンはこれまで無償で──勝手に助けてきた。まるでこの時を予測していたかのように。
「…いいえ、大丈夫です。私だけで現実に戻りますから」
「へえ、強がるねえ。この世界は魔筋よりも強固だ。帰れるかな」
「なんだか、助けてって言ってほしいみたいですね」
二人は笑いながらも冷たい口調で挑発しあった。辰美は早足に橋へ向かう。リネンからも、ホテルからも距離を置いた方がいい。
橋を渡り終えようとした時、リネンに抱きしめられた。
「り、リネンさん!…落ち着いて──」
「私の本当の名は─ミシャ・スミルノフ。リネンという名は仮初のモノ」
「ひっ」
きつく抱擁され、辰美はすくみあがる。
「麗羅。私を好きと言ってくれ」
鼻を押し付けられ匂いを嗅がれた。欄干に追い詰められた今、抵抗もできず恐怖に固まった。
「わ、わたしは佐賀島──」
「いや、君はライラだ」
「私は佐賀島 辰美です!勘違いしないで!」
「佐賀島 辰美は佳幸に殺されて死んだよ。嘘をつくな」
「やだやだやだやだーっ!」
見車 スミルノフとして本性を現したリネンはそれを許さない。辰美をコンクリートに押し倒した。




